2015年09月27日

したどんフェスタに参戦!

私が住んでいるのは東京の下町、台東区...

毎年行われているイベントに、「したまちフードフェスタ」というものがあります。

台東区の各飲食店が参加しているイベントなのですが、店それぞれが特色のある丼を期間限定でサービス価格で提供するというものです。

期間は、9/18〜10/18です。

ホームページはこれ。
↓↓↓
http://shitamachi-food.com/2015/

価格別、地域別、種類別に検索できる機能付きなので便利なホームページです。

私が昨日行ってきたのは、アメ横近くにある「鳥園」さん...

『ローストビーフ丼(高尾山)』(税込961円)を食してきました!

beef.jpg

店の前に待ち行列が出来ていて、店内も混雑しており、ひじを伸ばせばぶつかってしまいます。

なので、実物写真は撮れませんでした。

いや、実は運ばれてきた瞬間にテンション上がって、写真を撮るのを忘れたんですよねぇ...

ちなみに、高尾山じゃ足りないよという方は、『ローストビーフ丼(富士山)』(税込1,500円)というのもあります。

文字通り、”山”のようにローストビーフが盛られています。
興味がある方は、”ぐるなび”に写真が載っていますので、そっちを見てください。

さて、今回のしたどんフェスタでは、このローストビーフ丼(高尾山)以外にも、楽しく,おいしく,魅力的な丼が、他にもたくさんあります。

10/18までなので、行きたい方は時間を作って忘れずに行きましょう!





posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | お得系のネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月26日

資本主義の原点を考察する(後編)

昨日からの続きとなります...

資本主義社会を成り立たしめているのは、キリスト教思想です。

キリスト教思想によって、今の資本主義制度は成り立っているのです。

そして、世界最大の経済大国であるアメリカ合衆国は、意外に思うかもしれませんが、”神を信じている人”が世界の中でも多数派を占める先進国です。

そんなアメリカの生々しい状況をよく描いた名著があります。

レッド・ステイツの真実 ――アメリカの知られざる実像に迫る -
レッド・ステイツの真実 ――アメリカの知られざる実像に迫る -

この解説書からの引用を使って、経済力世界1位のアメリカ人の発想・考え方の基礎にある考え方を説明していきたいと思います。

保守派キリスト教徒は「万物の抜本的な所有権は創造主である神にあるが、神の国が訪れるまで、あるいは人間がこの世で生活している間の万物の支配権は神が人間に委託した」と信じています。


この世のものは全て神の支配下にあり、神は自分の姿に似せて創造した人間に万物の支配権を委託した、と考えているのです。


保守的なカトリック信者の経済観の礎になっているのは、13世紀のイタリアの神学者で、スコラ哲学者のトマス・アクィナスの思想です。
アクィナスは、『神学大全』の中で、こう述べています。
神が万物の最高支配者である。神は神意により人体の滋養のために人に物資をあてがった。ゆえに、人はそれらの物を使用するという意味においての支配権を持っている。



まず、我々日本人が、”自分のものは自分のものだ”と考えている所有権についてですが、
アメリカ人も当然そう考えているし、法律上も両国で等しく個人の所有権は認められています。

しかし、この言葉の意味というか、ニュアンスは異なっているのです。

”所有権のオリジナルは神様のもの”、とアメリカ人たち(正確に言えばアメリカ人クリスチャン)は考えているようです。

人間はそれを任されているだけなんですね...

わかりやすく言えば、全知全能の神様は、個々の人間に投資信託をしているようなものでしょうか(笑)。

”自分の財産は本来は神様のもの”。
だから、自分の気ままにしてはいけない...

”自己の財産を自分の好きなように使っても良い”、というのは、
あくまでも良心に従って、世のため・人のため・そして自分の命を長らえるために自由に(=好きに)使ってもよいという意味であって、”自由気ままに”という意味ではないわけです。

まず、彼らの基礎となる思想は、こういう考え方のようです...


次に、貯蓄,投資,寄付など、自分の財産を具体的にどのように使うかについてですが、同じく引用しましょう。

聖書の教えに沿った経済活動をする上での基本事項は、
・盗んではいけない。
・強い倫理観をもって勤勉に働かなければならない。
・病気などまさかの時に備えて堅実に貯蓄すべし。
・賢い投資は称賛されるべき行為である。
・神の教えに従い、勤労の成果の一部を自由意志で気前よく寄付して教会や貧しい人々と分かち合うべし。
という5点です。


経済で何よりも重要なのは「自由」であることです。
キリスト教徒は自由な人間なので、物質や土地を所有する自由、職業を選ぶ自由、仕事の成果を保持する自由、政府の規制を受けない自由市場で自由意志により売買する自由があるのです。


アクィナスは、人々がそれぞれ異なる分野で異なる能力を持って異なる仕事ができる、というのは神意である、と唱えました。


万物を創造した神は、万物の支配権を人間に授けたので、人間はやはり神から授かったクリエイティビティ(創造力)をフル活用して物質的な財産を増やすことで神を称えよう、というわけです。


保守派キリスト教徒は(中略)、人間は万物の管理人として、勤労の成果としての富を賢く管理し、富をもって善行を施し、社会全体の富の量を増やせば底辺の人にも降り注がれて、世の中の全体的な経済レベルが上がる、したがって個人個人が経済的な成功を収めるのは社会全体のために良いことだ、と考えています。


保守派キリスト教徒は(中略)、経済発展の原動力である中小企業が成功を収めて大企業になったら、もっと多くの人々を雇い、もっと多くの富を創出し、社会全体の底辺を引き上げることができるので、大企業に制約を加えたり、高い税金を課して成功を罰することは神の意志に反する行為だと信じているのです。


イエスは手元にあった食料(信者が自由意志でイエスたちにあげたもの)の量を奇跡で増やして分配したのであり、他者の所有物を「取り上げて」、それを再分配したわけではありません。(中略)イエスは食料を「創出」したわけなので、この記述は「一定量しかないパイを均等に再分配して貧者を助けるのではなく、パイ自体を大きくして貧者の取り分も増やす」という保守派キリスト教徒の経済観を裏付けるものなのです。


アクィナスは、資本主義に付き物の「負け組」の人に関しては、「土地や物品の私有権は認めても、使用権は分かち合うべきだ」と説き、「持てる者たちは持たざる者たちに所有物を分け与えるべきだ」と唱えました。


個人の自由意志による寄付金は、教会やボランティアの人を通じて百%貧者のために使われるので無駄がありません。


これ以上は長くなるのでやめますが、要するに、”自分のお金を、自分のために好きに使ってはいけない”ということです。

まず、貯蓄ですが、病気になったときなどのために必要なだけしか貯めてはいけない...

これは、新約聖書・マタイ福音書6章の有名な箇所、
「自分の宝を地上に積むのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます」
「あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えることはできません」
などによるものでしょう。

次に投資ですが、イエスが奇跡で食料を増やしたのにならって、キリスト教徒は企業活動を支援することによって社会全体の富を増やすべし、という考え方が彼らの根本にあります。

従って賢明な企業や将来成長する企業に投資することは良いことだ、ということになります。

なぜなら、そういう良き企業は、社会を豊かにするからです。

そして最後に寄付...

必要最小限の貯蓄と、社会貢献としての投資に割り振った残りは、寄付をすべしとのこと。

アメリカ人に巨額の寄付をする人が多いのも、こういう思想が彼らの考え方の基礎にあるからのようです。

以上のように、過度の貯蓄は罪であり、賢明な投資は推奨されるため、アメリカの株式市場は日本と違って活性化されるんでしょう...

ヨーロッパ人も心の深層は同じだと思われます。

そして、日本の株式市場において巨額の売買をするのは彼らなわけですので、
「私は日本人だしクリスチャンじゃないから関係ないよ」と言っても、そうは問屋がおろさず、
日経平均を激しく上下動させる彼らの投資行動によって、我々は、知らず知らずの影響を日々受けておるわけです...

つまり、彼ら欧米人の思想や哲学に、日本株も為替も債券も土地も商品相場も、間接的に影響を受けていることになると思います...







posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月25日

資本主義の原点を考察する(前編)

今日は9月の株主権利確定日。

というわけで、資本主義という社会制度の原点について迫ってみたいと思います。

現在の日本は、個人の自由意思に基づく自由取引が行われる市場の存在を前提とする資本主義社会だからです。

昔はいろいろと規制があったり、海外への投資手段が貧弱だったり、非関税障壁で海外の安い価格が日本国内の商品価格に反映されにくかったりしましたが、20世紀末から今までの間に、日本社会はずいぶんとグローバル化してきたように思います。

ですので、自分で事業を行う場合はもちろん、現役の労働者として生きていく場合でも、またリタイアして資本家として生きていく場合でも、この「自由市場・資本主義社会」という制度をくまなく理解しないでは、危ういと言えます。

孫子の兵法でも、「敵を知り、おのれを知れば、百戦危うからず」と言いますから...


まず、”資本主義(近代資本主義)”という制度は、ヨーロッパ人が考え出したものです。

日本はこの制度を明治維新直後に取り入れました。
このことは、中学校や高校の歴史の教科書にのっている自明な事実です。

主なものは次の通りです。
1.会計制度 … 簿記という仕組みを福沢諭吉等が日本社会に輸入する。
2.法制度 … フランス法の五法(民法、商法、刑法、民事訴訟法、刑事訴訟法)を参考にする。
3.政治制度 … 行政、立法、司法の三権を骨格とする政治体制をとる。
4.人権という概念 … 不完全ながらも、明治憲法で定められる。
5.銀行制度と欧米流の通貨制度
などなど。

江戸時代の、大福帳会計,封建制,奉行職,諸法度,身分制,小判や一文銭などはすべて廃止されました。

そして、欧米流の自由市場(自由取引),契約社会,法人概念(株式会社等)などが強引に登場しました。

そういったものの中で一番重要なものは、出資と決算,配当(分配)という考え方でしょうか。

出資者(株式会社であれば株主です)がお金を出し → 事業を行い → 得た利益が分配される

この仕組みが明治日本で本格的にスタートしたことが非常に大きいです。

いうまでもなく、この仕組みは、資本主義を成り立たしめている仕組みですから。

しかしこの仕組みの裏には、これを考え出したヨーロッパ人の思想があるわけです。

そして、資本主義社会の制度を考え出したヨーロッパ人の思想は目に見えません...

しかしその目に見えないところを理解することが大切です。

何度か引用した『星の王子さま』にも、こうあります。
「大切なものは目に見えない...」

なぜこの仕組みはこうなっているのか...
そこを考えることが大切なんです...

しかし、日本人の大部分はそんなこと知りもしないし、考えたこともないはずです。

その結果、資本主義の仕組みがうまく機能せず、空回りしているような気がします。

かつて20世紀末にサミット諸国(英米仏独伊カナダ)は、”日本異質論”を唱えたものです。
なぜなら、日本は、欧米人の社会常識とは大きく異なる社会だからです。

原因は、明治日本が、”和魂洋才”と唱えたことにあります。

資本主義を考えたヨーロッパ人の思想抜きに、「形」だけこの制度を取り入れたことで、本来の正しいあり方が毀損してしまったのです。

よって、この思想を紹介することが、今回の記事の目的です...

この思想は、実は、キリスト教精神に基づいています。
なぜなら、ヨーロッパは、キリスト教社会ですから...

しかし近代のヨーロッパは、無神論をとる共産主義や、宗教戦争を繰り返さないための政教分離の原則を徹底させたことによって、世俗化しました。

なので、ヨーロッパの古い考え方は、カトリック教会の中と、宗教的な争いから逃れて新天地へと渡ったアメリカ人たちの中に残っています。

明日は、アメリカ人の考え方を中心に、具体的にその思想の内容に踏み込んで書いていきたいと思います。






posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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