2015年09月15日

忙しく働くこととは...

昨日は『星の王子さま』について、ちょっと触れました...

ところで、この作品には、いろんな寓意やほのめかし,諷刺などが盛り込まれています。

昨日紹介したこの作品の解説書『大切なものは目に見えない』(宮田光雄著)では、以下のように紹介されています。

ダンテの文学が中世を、シェークスピアの戯曲がエリザベス朝時代を象徴するように、サン=テグジュベリの『星の王子さま』は、二〇世紀の現代そのものを象徴している、という意見もあります。


さて今日は、世の中によくいる、”毎日忙しく立ち働いている人”を、この作品の作者サン・テグジュベリがどう見ているかについて書きたいと思います。

”星の王子さま”は宇宙を旅していて、ある日、五番目の惑星で”点燈夫”に出会い、会話をかわします。

彼は、上からの命令に従って、灯りを点けたり消したりする仕事を忠実にやっておりました。

以下は、原作からの引用です。

惑星に近付くと、王子さまは点燈夫にうやうやしく挨拶をしました。
「こんにちは。どうして街燈の灯を今消したのですか?」
「命令ってことよ、こんにちは」点燈夫は、答えました。
「命令って、なんですか?」
「街燈の灯を消すのさ、こんばんは」
そしてまた灯をつけました。
「今はどうして灯をつけたの?」
「命令だからね」点燈夫は答えました。
「わからない」王子さまはいいました
「わかんなくていいってことよ。命令は命令。こんにちは」点燈夫は言いました。
そして、街燈を消しました。 それから赤くて四角いハンカチで、額の汗をぬぐいました。


まさに現代のサラリーマンそのものみたいですね...

一見、マジめに働く彼に王子さま(=作者サン・テグジュベリ)は好意を持ちますが、
話しをしていくうちに、しだいに誤って生きていることを見抜きます。

以下、解説書からの引用です...

王子さまは、初めのうちは点燈夫を好意的な気持ちで見ていました。
しかし、あまりの忙しさに気の毒になり、この命令と義務との地獄から脱け出る解決策を提案します。
すなわち、《個人的に》休みたくなれば、命令から少しはずれて、ゆっくり歩くことにしてはどうか、というわけです。


こうして《勤務時間》の彼方に自分の《生活時間》をふたたびとり戻すことができるのではないでしょうか。
これは、すばらしいアイデアです。そして現代の私たちの状況にたいしても、まことに暗示的です。


しかし、この点燈夫にとっては、駄目なのでした。
彼は、機械的な労働をくり返しながら、心では労働を嫌がる怠け者だったのです。
彼は、自分の職業を《天職》(=ベルーフ)として受けとっているのではありませんでした。
彼は、自分のしなければならないことに苦情を言いたて、自分の運命を嘆いているにすぎないのです。
彼は、自分の抱く人間像と世界像とに従って忙しく立ち働きつづけます。
しかし、実際には自分自身の意志をもたない人間であり、自分に既定の行動パターンを強制する《境遇》の犠牲者にすぎなかったのです。


まるで現在の多くのサラリーマンを...
特に日本の多くのサラリーマンを象徴しているかのようです...

本人としては、社会に対して責任を果たしている...
会社に対しても、おのれの任務を果たしている...
心ではイヤなんだけど、大人なんだからわがまま言わずにやってるんだ...
というのが彼の言い分でしょうか。

しかしそれは、”人”としての生き方としては誤っていると作者は語ります...

作者の言わんとするところは、”大切なものを見失っている”んだと...

そういうことになるんです...

では、何が正しい生き方なのでしょうか?...

・・・
・・


あせってはいけません...

王子さまの遍歴はまだまだ続き、同時に、大事なものはもっと先に見えてきます...

そう、この物語はまだまだ先に続くんです...

そこに答えは書いてあるんですね...

気が向けば続きを書きたいと思います...


続く(かも?)



posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | 気づき・ヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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