2015年09月26日

資本主義の原点を考察する(後編)

昨日からの続きとなります...

資本主義社会を成り立たしめているのは、キリスト教思想です。

キリスト教思想によって、今の資本主義制度は成り立っているのです。

そして、世界最大の経済大国であるアメリカ合衆国は、意外に思うかもしれませんが、”神を信じている人”が世界の中でも多数派を占める先進国です。

そんなアメリカの生々しい状況をよく描いた名著があります。

レッド・ステイツの真実 ――アメリカの知られざる実像に迫る -
レッド・ステイツの真実 ――アメリカの知られざる実像に迫る -

この解説書からの引用を使って、経済力世界1位のアメリカ人の発想・考え方の基礎にある考え方を説明していきたいと思います。

保守派キリスト教徒は「万物の抜本的な所有権は創造主である神にあるが、神の国が訪れるまで、あるいは人間がこの世で生活している間の万物の支配権は神が人間に委託した」と信じています。


この世のものは全て神の支配下にあり、神は自分の姿に似せて創造した人間に万物の支配権を委託した、と考えているのです。


保守的なカトリック信者の経済観の礎になっているのは、13世紀のイタリアの神学者で、スコラ哲学者のトマス・アクィナスの思想です。
アクィナスは、『神学大全』の中で、こう述べています。
神が万物の最高支配者である。神は神意により人体の滋養のために人に物資をあてがった。ゆえに、人はそれらの物を使用するという意味においての支配権を持っている。



まず、我々日本人が、”自分のものは自分のものだ”と考えている所有権についてですが、
アメリカ人も当然そう考えているし、法律上も両国で等しく個人の所有権は認められています。

しかし、この言葉の意味というか、ニュアンスは異なっているのです。

”所有権のオリジナルは神様のもの”、とアメリカ人たち(正確に言えばアメリカ人クリスチャン)は考えているようです。

人間はそれを任されているだけなんですね...

わかりやすく言えば、全知全能の神様は、個々の人間に投資信託をしているようなものでしょうか(笑)。

”自分の財産は本来は神様のもの”。
だから、自分の気ままにしてはいけない...

”自己の財産を自分の好きなように使っても良い”、というのは、
あくまでも良心に従って、世のため・人のため・そして自分の命を長らえるために自由に(=好きに)使ってもよいという意味であって、”自由気ままに”という意味ではないわけです。

まず、彼らの基礎となる思想は、こういう考え方のようです...


次に、貯蓄,投資,寄付など、自分の財産を具体的にどのように使うかについてですが、同じく引用しましょう。

聖書の教えに沿った経済活動をする上での基本事項は、
・盗んではいけない。
・強い倫理観をもって勤勉に働かなければならない。
・病気などまさかの時に備えて堅実に貯蓄すべし。
・賢い投資は称賛されるべき行為である。
・神の教えに従い、勤労の成果の一部を自由意志で気前よく寄付して教会や貧しい人々と分かち合うべし。
という5点です。


経済で何よりも重要なのは「自由」であることです。
キリスト教徒は自由な人間なので、物質や土地を所有する自由、職業を選ぶ自由、仕事の成果を保持する自由、政府の規制を受けない自由市場で自由意志により売買する自由があるのです。


アクィナスは、人々がそれぞれ異なる分野で異なる能力を持って異なる仕事ができる、というのは神意である、と唱えました。


万物を創造した神は、万物の支配権を人間に授けたので、人間はやはり神から授かったクリエイティビティ(創造力)をフル活用して物質的な財産を増やすことで神を称えよう、というわけです。


保守派キリスト教徒は(中略)、人間は万物の管理人として、勤労の成果としての富を賢く管理し、富をもって善行を施し、社会全体の富の量を増やせば底辺の人にも降り注がれて、世の中の全体的な経済レベルが上がる、したがって個人個人が経済的な成功を収めるのは社会全体のために良いことだ、と考えています。


保守派キリスト教徒は(中略)、経済発展の原動力である中小企業が成功を収めて大企業になったら、もっと多くの人々を雇い、もっと多くの富を創出し、社会全体の底辺を引き上げることができるので、大企業に制約を加えたり、高い税金を課して成功を罰することは神の意志に反する行為だと信じているのです。


イエスは手元にあった食料(信者が自由意志でイエスたちにあげたもの)の量を奇跡で増やして分配したのであり、他者の所有物を「取り上げて」、それを再分配したわけではありません。(中略)イエスは食料を「創出」したわけなので、この記述は「一定量しかないパイを均等に再分配して貧者を助けるのではなく、パイ自体を大きくして貧者の取り分も増やす」という保守派キリスト教徒の経済観を裏付けるものなのです。


アクィナスは、資本主義に付き物の「負け組」の人に関しては、「土地や物品の私有権は認めても、使用権は分かち合うべきだ」と説き、「持てる者たちは持たざる者たちに所有物を分け与えるべきだ」と唱えました。


個人の自由意志による寄付金は、教会やボランティアの人を通じて百%貧者のために使われるので無駄がありません。


これ以上は長くなるのでやめますが、要するに、”自分のお金を、自分のために好きに使ってはいけない”ということです。

まず、貯蓄ですが、病気になったときなどのために必要なだけしか貯めてはいけない...

これは、新約聖書・マタイ福音書6章の有名な箇所、
「自分の宝を地上に積むのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます」
「あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えることはできません」
などによるものでしょう。

次に投資ですが、イエスが奇跡で食料を増やしたのにならって、キリスト教徒は企業活動を支援することによって社会全体の富を増やすべし、という考え方が彼らの根本にあります。

従って賢明な企業や将来成長する企業に投資することは良いことだ、ということになります。

なぜなら、そういう良き企業は、社会を豊かにするからです。

そして最後に寄付...

必要最小限の貯蓄と、社会貢献としての投資に割り振った残りは、寄付をすべしとのこと。

アメリカ人に巨額の寄付をする人が多いのも、こういう思想が彼らの考え方の基礎にあるからのようです。

以上のように、過度の貯蓄は罪であり、賢明な投資は推奨されるため、アメリカの株式市場は日本と違って活性化されるんでしょう...

ヨーロッパ人も心の深層は同じだと思われます。

そして、日本の株式市場において巨額の売買をするのは彼らなわけですので、
「私は日本人だしクリスチャンじゃないから関係ないよ」と言っても、そうは問屋がおろさず、
日経平均を激しく上下動させる彼らの投資行動によって、我々は、知らず知らずの影響を日々受けておるわけです...

つまり、彼ら欧米人の思想や哲学に、日本株も為替も債券も土地も商品相場も、間接的に影響を受けていることになると思います...







posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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