2016年03月24日

世界初公開『法悦のマグダラのマリア』を見て...

昨日は上野の西洋美術館に行って参りました。

今、『カラヴァッジョ展』が開催されております...
↓↓↓
http://caravaggio.jp/maria.html

さすがは「西洋美術館」とうたっているだけあって...
それも、上野の森にそびえ立つ東京随一の歴史ある美術館だけあって...

誰もがうなる作品が集められていて、しかも見事な配列での展示が行なわれておりました...

それにこの展示会では、世界で初めて公開されるという『法悦のマグダラのマリア』を見ることができます...

めったにないチャンスですね...

このような世界にひとつだとか言うほどの作品に触れることが出来るのは、東京に住むメリットのうちのひとつだと言えます...

やっぱり、私には田舎暮らしは無理だな...


美術館には朝の9:15分頃に着きました。
(ちなみに、開館は9:30です。)

ちょっと遅いかなとも心配したのですが、行列は10人強ほど...

心配は杞憂で良かったです...

チケットは、もちろん前売り券です。

出費は、1円でも安くあげる...
賢明な投資家の基本ですね...

消費と投資は車の両輪のようなもの。
コインの裏と表のように、一体となって考えるべきものです...


さて、『法悦のマグダラのマリア』は本人自身の秘蔵の一品であって、
本人の人生上の大きな出来事(=殺人の罪を犯してしまう)と深く関係しており、かなり特殊なものなのですが、”絵”そのものの素晴らしさというよりは、人間の精神が、置かれた特殊な状況の下でどのように作用するのかということがうかがわれるような作品です。

私はこの絵の背景を知り、そして実際に絵を見た後、しばらくして、
徳川家康が三方が原の戦いで武田信玄に大敗した後の姿を描いた絵を連想しました...

何か大きなものを失ったかのような放心状態の絵ですね...
↓↓↓
http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/18704

ただ家康の場合は、他人(絵師)が書いたものですが、カラヴァッジョの場合は本人自身が描いたもの...

そして、マグダラのマリアを描きつつ、実は自己を投影したものだとされています...

そこがひとつ、大きく違う点です。

つまり、本人自身の心の叫びないし強い思いが表現されていると見ることができるでしょう...

もうひとつは、いうまでもなく、キリスト教思想・教義が背景にあること。

どうしようもない今の自分が置かれた状況を神の御手に委ねつつ、その中にも救いはあるのだということを表しているのだと見えました...

また、他の作品と比べて見ると、この作品だけは、人物(=マグダラのマリア)が暗い背景の中からより強く浮かび上がっているように見えます。

そこが神秘的であると同時に、神に帰依した「人」は、暗黒の中から光の中へと救われるのだという暗示にもなっているような気もします。

なお、”法悦”とは、”救いの喜び”と言うことですね...
その”救いの喜び”は、犯した罪が大きければ大きいほど大きな喜びとなります...

なぜなら、罪が大きいほど、心が深く闇に沈むから...
そして、闇に沈む度合いが深ければ深いほど、そこから救われる喜びは大きくなるからです...

何かそんな想いがこの絵に込められているのではないかと感じました...

・・・

他に私の目に留まった作品としては、
カラヴァッジョの影響を受けた画家であるタンツィオ・ダ・ヴァラッロの『長崎におけるフランシスコ会福者たちの殉教』が挙げられます...

これは豊臣秀吉がクリスチャンを処刑した場面を描いた絵なのですが、絵の説明には、
秀吉の迫害行為と信者の殉教のニュースはただちにヨーロッパに伝えられた,とありました。

交通の便もままならない時代にもかかわらず...
しかも、政治や経済のニュースではないにもかかわらず...

迫害のニュースの伝わるスピードと絵まで描かれるという強い話題性は、ヨーロッパがキリスト教社会であることを改めて実感させます。

豊臣秀吉はさぞや、当時のヨーロッパではすごく嫌われたんだろうなぁ...


もちろん、この2作品の他にも素晴らしい作品が目白押しです...

美術好きの方はもちろん、文化・教養のある方はぜひ行くべし!








posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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