2016年06月26日

『西南シルクロードは密林に消える』を読んで

高野秀行さんの『西南シルクロードは密林に消える』を読みました...

中国の雲南省からミャンマー北部をへて、インドに抜ける冒険もの。

ノン・フィクションです...

いやあ、面白いですなぁ...

中国の国境警備隊につかまったり、道なき道をゾウで進んだり、反政府ゲリラと交渉したり...

ハラハラ、ドキドキ感が満載です...

先進国で便利な生活を営む我々日本人にとって、非日常感をぞんぶんに味わえます。

読んでいるだけで気分がリフレッシュできますな。

この人の著作を読むのは今回が初めてでしたが、他の著作も読みたいなぁと心底思いました。

西南シルクロードは密林に消える (講談社文庫) -
西南シルクロードは密林に消える (講談社文庫) -

また、面白いだけではなく、通過した地域の経済事情を把握することもできます...

例によって引用してみましょう...

成都が鄙びた田舎町みたいな気がしていたが、とんでもない。巨大な都市だ。広いだけでなく、横にも縦にもでかい建物が窮屈そうに肩をぶつけ合い、これでもまだ不満足なようで新しいビルをどかどか建てている。規模が大きいだけではない。市場へ行くと、スイカ、ブドウから、ミカン、リンゴ、イチゴまで、乾燥地帯、温帯、高原の果物がずらりと並び、ここが東西南北の流通の中心地であることを教えてくれる。


雲南省の省都・昆明に到着した。「春城(常春の都市)」という別名に恥じず、たいへん暖かい。
……(中略)……
道ばたの商店では南国のフルーツが売られている。欧米人、日本人、韓国人、東南アジア華僑、中国他省からの観光客で賑わい、成都よりはるかに国際都市の趣がある。


いずれも、中国雲南省の情景です。

少し前の時代の記述ですが、どうしても上海や香港といった沿岸部、あるいは政治的な面での北京の情報が来がちになる我々日本人にとって、こういう内陸部の生の情報は貴重ですね。

中国でしつこい商売人を追い払ったり、誰かを待たせたりするには、「飯を食う」と言うに限る。中国人以上に「食」を尊重する民族はいないからだ。


なるほど...
勉強になります...

私たちが近くの家に荷をほどくと、すぐに竹の杯に入った酒と、葉っぱに載せられた米飯と肉が運ばれてきた。おすそわけのようだ。酒はカチンのピサとまったく同じもの、米飯は赤いもち米―つまり赤飯である。肉は野ヤギだった。竹でつくられた物干し台に腰掛けて、みんなで乾杯した。「カチンの結婚式とまったく同じだな」とゾウ・リップが言った。


調理法はどうだろう? 私たちカチン軍は自分たちで食事を作るので、ナガ人の食事をよく見ていないのだ。オウン・テ中尉に訊くと、「同じだ」とあっさり言われた。米の炊き方は吹きこぼし式(最初に水を多目に入れ、煮立ってから余分な水分を捨てる炊き方)だし、納豆もある。


「調味料は?」と訊いてもやはり「同じだ」。
「塩とトウガラシとアジノモト」と中尉はつまらなさそうに答えた。
「アジノモト?!」
 ……(中略)……
「東アジア文化圏」の大きな特徴の一つとして、「うま味」への執着をあげてもよいだろう。


中国・成都から東西ナガランドまで文明度の差こそあれ、基本的な文化差を感じたことはなかった。ところが、ナガランドとアッサムでは文化のフォッサマグナとでもいうか、明らかに何か根本的なものが断裂していた。


お米の炊き方に赤飯に納豆...

雲南省からインドの東端部までは意外と我々日本人の文化と近いですな。

実際、『DNAでたどる日本人10万年の旅』(崎谷満、昭和堂)という遺伝子研究でも、日本の縄文文化との近縁性が指摘されていたりもするようです。                 






posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 🌁| Comment(0) | 気づき・ヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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