2017年03月22日

倉山満『自民党の正体』を読んで...

倉山満著『自民党の正体』を読みました...

戦前の日本の政党政治から説き起こし、旧大蔵省(現財務省)やアメリカそしてソ連や中国との関係もふまえつつ、自民党の政治史を著者自身の視点から記した名著です。

この著者の他の著作も実はいくつか読んでいるんですが、太平洋戦争は大蔵省の協力がなければ予算面で実行できなかったとか、自民党政治が迷走してからも財務省が一貫性を保っていたから何とか日本の政策に一貫性があるとか、一理あると思われる指摘がされています。

自民党の正体 -
自民党の正体 -


戦後の日本の政治はGHQ(占領軍)の施策から始まりますが、そのGHQは、GSとG2との間に思想の違いと派閥争いがありました。

このことはぼんやりながら私も知っていましたが、改めて情報を整理して理解できました。

日本を赤化して弱体化したいGSと、冷戦の高まりを受けて日本を反共の砦にしたいG2の勢力争いに、日本の政治が振り回されていたのです。


マッカーサーは、GSの口車に乗って共産党と日教組と自治労を育ててしまい、日本国憲法などという邪魔なものをつくってしまったことを死ぬほど後悔する羽目になります。


昭和一二年(一九三七)の林銑十郎内閣による「食い逃げ解散」のときに、民政党の議席を社会大衆党が大幅に食ってしまったのが原因です。この選挙で社会大衆党が取ったのは三六議席で、平成二六年(二〇一四)現在の公明党の議席数を上回ります。これが戦後の社会党の源流になり、いまだに響いているのです。


戦後政治の悲劇を招来した罪を林銑十郎一人に押し付けるわけにはいきません。戦後急激に伸びた革新層は、林銑十郎が戦前に蒔いたタネをGHQが大きく育てたものだからです。


そして、旧社会党や共産党が冷戦時代にソ連から援助を受けていたことはかなりの人が知っている事実ですね...

結局、アメリカは冷戦下で日本の左翼・革新勢力を弱めようとします。

社会党が割れて民社党が結成されています。結党にあたってCIAが資金を出したことはもはや明らかになっていますが、もし民社党が順調に育っていれば保守二大政党制ができた可能性がありました。


こういった国際情勢に日本の政局が翻弄される中で、戦後日本を支えたのは三つの役所でした。

本物の三権は、立法は「内閣法制局」、司法は「検察庁」、行政は「財務省(旧・大蔵省)主計局」が握っています。


法制局と検察庁は「拒否権」しか持っていません。ですから、基本的に表に出てくることはありません。拒否権とは「政治家や他省庁がやりたいことを妨害する力」のことです。一方、大蔵省主計局は「推進力」、すなわち政策を立案して実行する力を持ち合わせています。


大蔵省は、「コミンテルンが敵だ」と思っている唯一の役所でした。


つまり、戦後の自民党政治の成功と高度経済成長の達成は、反ソ連の大蔵省の書いた絵図に自民党の有力政治家がのっかったのが原因ということ。この事実を著者はわかりやすく描いています。

その代表的なものが、戦後昭和における田中角栄に代表される利権誘導政治なわけです。

大蔵省主計局から予算を引っ張ってこられるということが田中派の権力の源泉でした。身も蓋もないことを言えば、子分たちを選挙に当選させるためには予算を引っ張ってきて選挙区に利益誘導できなけれいけませんし、選挙で当選させられるから予算を引っ張ってこられるという循環をぐるぐる回すことで派閥を拡大していっています。


族議員というのは別に法律や行政に詳しいわけではなく、業界との利益調整をして大蔵省主計局から予算を引っ張ってくるのが仕事です。


こうなってくると、なかには歳入を増やし財政均衡を果たしたい大蔵省にすり寄る政治家も出てきます。

三角大福のうち、増税派は大平だけで、今の財務省の増税原理主義者の元祖が大平です。


大蔵省にとって頼みの綱が大蔵族の大平正芳でした。そして、大平は健全財政を守ろうという責任感から増税に走ってしまうのです。


また、自民党の政治家の政治力があまりにも強くなりすぎて大蔵省の言うことをきかなくなると、大蔵省は政治に干渉することもします。

竹下に田中派打倒の期待を込めて大蔵省が接近します。鈴木・中曽根内閣の間に田中派支配があまりにも強くなり、他派閥が結束して倒すのはもはや不可能でした。


総裁選に出るまでの小泉は、政府の主要閣僚を一度もやったことがなく、党三役に就いたこともありません。しかし、根っからの大蔵族で、国会ではずっと大蔵委員会に所属し続け、大蔵委員長や大蔵省政務次官もやっています。


竹下登や小泉純一郎が総理大臣になれたのは、大蔵省が味方についたからという...

そして、日銀人事についても...

福田内閣の重要な天王山は、日銀人事でした。これも残念ながら、親中派に敗北しました。


白川は断固としてデフレを維持し続けることになります。この白川の下で、次の麻生内閣のとき、日本はリーマン・ショックに見舞われ、地獄を見ることになるのです。


中川の後任が増税原理主義者の与謝野馨です。


福田の場合、増税派の与謝野とリフレ派の中川秀直の両方を頼っています。
(中略)
麻生は違います。白川とはマブダチで、人脈も政策も与謝野馨路線です。


なお、財務省(旧大蔵省)でも路線の違いがあるようで、

三党合意に従って増税法案が可決されると、その直後、勝栄二郎財務事務次官は退職しました。大蔵元老院による「肩たたき」です。勝に代わって真砂主計局長が財務事務次官に就任しました。この人事はのちに日本を国家崩壊から救うことになります。


財務省には「地球が滅びても増税」の増税原理主義派と、「増税で日本が滅びてはまずいだろう」という増税派がいます。真砂靖事務次官は明らかに後者の意味での増税派でした。三党合意の直前から、安住財務大臣の答弁が以前とは違って増税原理主義でなくなり、特例公債法案の可決に全力を尽くすようになっています。財務大臣への財務官僚のレクチャーの内容が明らかに変わったのです。


歴代総理大臣が、日銀総裁・速水優、福井俊彦、白川方明に膝を屈してきました。安部は、その巨大な敵に敢然とぶちあたっていったのです。



著者の説くところは、戦後から現在にかけての日本経済というものは、自民党と財務省(旧大蔵省)を主役として、アメリカとソ連・中国の干渉を脇役として展開してきたのだと言うことです。







posted by スイス鉄道のように at 09:00| 東京 ☔| Comment(0) | 投資情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

にほんブログ村