2017年08月03日

『EDO-100フカヨミ!広重名所江戸百景』感想

『EDO-100フカヨミ!広重名所江戸百景』を読みました。

EDO-100: フカヨミ!広重『名所江戸百景』 -
EDO-100: フカヨミ!広重『名所江戸百景』 -

著者は若い女性、それもアイドル...

堀口茉純さんという東京生まれの歴史好きの方で、”お江戸ル”(お江戸のアイドル)と名乗っておられるそうです。

内容は、かの有名な歌川広重の『名所江戸百景』の裏側を解説するというもの。

これがなかなか、若い女性の方が書いたにしては深いし、読み応えがあります。

引用してみます...

幕府は体制批判を封じるべくメディア規制を強め、出版物への検閲を強化し、違反者には徹底的に処罰を加えるようになります。そのようななかで浮世絵師たちは、描きたいことをそのまま描くのではなく、暗号化して表現するようになっていきました。広重の『名所江戸百景』も、じつは暗号を駆使して描かれています。一見平凡な作品に見えても、その裏には元武士というバックボーンを持ち、名所絵師として大成した広重ならではの、驚くべきメッセージが隠されているのです。


広重はつとめて幕府を刺激しないように、念には念を入れて増し摺りの段階で版木を差し替え、背景をぼかして新大橋を目立たせることにしたのではないか。このように、『大はしあたけの夕立』のシンプルかつ大胆な構図は、じつは広重の事なかれ主義によってつくられた偶然の産物だというのが、私の見解だ。


ゴッホも習作したという『大はしあたけの夕立』には、実は2バージョンあるんですが、当初は平凡な絵でした。

それが味わいのある絵になったのは、幕府の軍事施設をぼかすように改めたからだとか...

この他にも、亀戸梅屋敷の絵については...

梅の花の甘い香りは、気分を高揚させる特別なものだったに違いない。その雰囲気を表現するために、広重は梅の香りに色をつけ、空間を濃いピンクで染めあげたのではないか。


”梅の香り”をピンクで表現するという手法を広重は発明したのだとか...

あるいは、『水道橋駿河台』には、一帯が武家屋敷の土地に、武士の家にはあがらないはずの鯉のぼりがあがっているのは、雨乞いの祈念が込められているとか...

いろいろと面白いフカヨミが披露されています...


ところで、この歌川広重は、元武士で、若くして隠居し、好きな絵を描くという幸せな人生を送ったようです。

広重は寛政9年(1797)、幕府定火消同心の子として生まれました。定火消同心というのは、江戸城の御曲輪内の火災の時に出動する、武士による消防団のこと。


じつは広重は両親の死後、祖父との関係が悪化し、家庭内で孤立していたのです。


27歳頃に家督を譲り、36歳で正式に隠居。浮世絵を描くことに専念するようになりました。


彼がもっとも愛し、数多く描いたのが、じつは故郷である江戸の名所なのです。


36歳で隠居だなんて、うらやましい〜...

平均寿命が短く、経済発展などが社会的に求められなかった時代の、”のんびり感”が伝わってきます...








posted by スイス鉄道のように at 08:00| 東京 🌁| Comment(0) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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