2017年09月04日

倉都康行著『金融v.s国家』の感想(前編)

『金融v.s国家』という本を読みました。

金融vs.国家 (ちくま新書) -
金融vs.国家 (ちくま新書) -

著者は倉都康行さんという方で、この方の別の著作はこのブログで過去にも紹介しております(2015年12月5日の記事)。

この方は学者さんではなく元・実務家だった人で、現在は独立して講師などをしておられるようです。

参考)
PRテック株式会社
http://www.rptech.co.jp/

金融について、実務経験をふまえた幅広い知識と経験に加え、歴史の知識・観点から斬り込む独特の視点が非常に参考になります。

今回の著作では、2回に分けて参考になる箇所を紹介したいと思います。

まず、今日は、”市場機能”についてです。

旧ソ連と東欧諸国が崩壊し、中国が「社会主義市場経済」を標ぼうした20世紀末以来、現在は、”自由主義市場経済”の時代であると言われます。

では、”市場(market)”とは何でしょうか?

私たちは、この言葉を、ただ単に”取引を行う場所”という意味だけで普通名詞的に使ってはいないでしょうか?

しかし、歴史的に見れば、”市場”とは、欧米社会が作り上げてきた世界市場とそのルールのことを指す固有名詞なのです。

特に、”金融市場”とは、大英帝国とそれを継承したアメリカ合衆国が世界貿易の決済にかかわってきた歴史と経験から来る、目に見えない伝統と慣習をも含んだ「場」なんだと...

著者はそう語ります。

例によって、引用します。

目を凝らすと金融と教会や国家との意外な接点が見えたりもする。


国際金融という力学の場には宗教や国家といった権威を裏づけとする政治的あるいは制度的な磁力が大きく影響する。それは中世イタリアから21世紀の現代に至るまで、それほど変化していない。


金融が必要としたのは市場だけではない。同時に権威という成長の土壌も金融に不可欠な要素であった。


実は、国際金融もそもそも軍事と同じように、共同体や国家あるいは教会など、政治的権力を背景としたプロジェクトとして始まったものである。


ローマ教皇との結びつきは、メディチ家に行政トップの地位をもたらし、「政治・外交と金融」という両輪で覇権を確立させたひとつのビジネス・モデルを呈示しているといってよいだろう。


古代の政治権力がもつ軍事力は搾取によって支えられたものであったが、徐々にそれは献金や借入金によって賄われるようになる。なかには14世紀の英国エドワード3世のように何度も債務不履行を起こした国王もいた。


欧州における戦火のなかで英国が勝ち残った背景に、国内で戦費調達の仕組みが整っていたことが挙げられる。物流の裏側に金融が隠れているように、当時の政治や戦争の裏側には中央銀行の役割が隠れていたのであった。


18〜19世紀はまず国家財政のためのファイナンスが最重要であり、国際金融はそれを手助けするマネー・インフラだったのである。


英国金融は貿易に即して生まれ、市場機能をもとに世界経済の潤滑油としての体制をつくった。米国金融は、それを下敷きに軍事力と金融力というパワーで世界の政治経済を圧倒する地位を築いた。


基軸通貨をもつ米国にとって、金融力は軍事力に劣らぬ、あるいは核兵器よりも威力を発揮しうる力である。


ここで著者が言わんとしていることは、金融というものは、そもそも戦費調達の側面から発達してきたという色合いが強いのだということ。

そこが原点であって、七つの海を支配すると言われた大英帝国も、第二次世界大戦後のアメリカの覇権も、金融市場の整備と運用に深く関わっている...

とはいえ、軍事と国家権力の必要性から生まれ、そして発達してきた金融市場は、民間の経済を発展させるためにも流用されます。

この点は、もともとが軍事技術として開発されたインターネットの技術が、冷戦後に民間に解放されたのに似ているわけです。

引用を続けます...

金融帝国の設立を可能にしたのが、国や州が「事実上の生みの親」となった株式会社の制度であり、またそれを応用した持ち株会社の制度だったのである。


中世の金融資本の成長はローマ教皇の権威にすがったものであり、現代の株式会社形態も国家の権威にもとづいて誕生したものであった。そもそも金融はソブリンと密接に関係しあい、ソブリンは金融を利用してきたのである。


金融は、その一般的なイメージと違って必ずしも世界均質な市場ではない。


BISが世界各国の銀行を通じた資金の流れを分析した調査は、国際的金融力競争が大西洋間の争いであることを裏づけるものである。


国際金融とは、資本化、市場化、資本吸引などの国家プロジェクトに成功した「大西洋を主軸とするマーケット」なのである。


英米という2カ国が金融競争力で優位に立った背景に、両国家が資本を活性化するために「金融市場機能」の重要性を発見したことを挙げることもできるだろう。


資本市場は、資金が資本化される必要性から発達した。それが大西洋金融システムの始点であった。


現代の国際金融は、米国と英国が暗黙の合意のもとで、ある程度の「棲み分け」を行なっているということができるだろう。それは19世紀以降、大西洋両岸に蓄積した資本を増殖させるための有効な方法論でもあった。このシステムを、日本などの新興勢力が利用し始める。英国市場を資金調達に、米国市場を資本運用に使うという「使い分け」である。


通俗的に、金融ビジネスはアングロ・サクソン的だといわれることも多いが、その特徴のひとつの表れが、この市場機能の発見、あるいは市場の重要性の認識である。


外交政策の基本がリアリズムであるといわれるように、金融もまたリアリズムで対応すべき世界であるが、日本には国際金融が「力学の場」であることへの認識が薄いのかもしれない。


日本株市場は日本人社会であるが、日本株オプションなどデリバティブズ市場は外国人社会である。大手証券は例外だが、他の証券では外国人社会に入り込む余力がない。株に限らず、デリバティブズは英米市場だからである。日本のスワップ市場も、米銀が香港で始めたために慌てて邦銀がそれを真似したという経緯もある。国際金融における商品開発や市場情報などは基本的に英語が媒体となっているのである。


軍事的な必要性、株式会社という制度の発明、金融市場の制度設計とその運用...

すなわち、金融市場とは、抽象的なものや普通名詞でもなく、具体的な生きた歴史の帰結であり、また、固有名詞でもある...

勉強になりました...


明日は別の視点からの有益な情報を掲載したいと思います。








posted by スイス鉄道のように at 08:00| 東京 ☁| Comment(0) | 投資情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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