2017年09月16日

江戸バージョンの「孤独のグルメ」か?、『下級武士の食日記』を読んで...

テレビ東京系でやっている「孤独のグルメ」という番組がありますよね...

原作はマンガで、主人公が東京中心にウマい店を食べ歩くという食レポ番組。

あの江戸時代バージョンともいうべき本を見つけました。

『下級武士の食日記』です...

幕末単身赴任 下級武士の食日記 増補版 (ちくま文庫) -
幕末単身赴任 下級武士の食日記 増補版 (ちくま文庫) -

紀州藩の下級藩士が江戸時代末期に単身赴任を命じられて江戸にやってくるのですが、独身の気軽さと好奇心から江戸の各所を食べ歩く様子を解説した内容です。

読んでてとても楽しくなる本です。

以下、面白そうな箇所・楽しそうな箇所を引用してみます...

安藤屋敷への挨拶を無事に終えた伴四郎「主従」、上野へ赴き不忍池の弁財天を参詣しています。そこで湯豆腐、玉子焼き、香の物を肴に酒を一合飲み、足を延ばして浅草寺を参詣して、甘酒を二杯飲み、六つ時(午後七時前)にご帰還。


江戸へ出てほぼ一月、はじめて過ごす江戸の夏です。この日、伴四郎達三人は渋谷藩邸を訪れ、小野田清助にご馳走を振る舞われています。酒の肴は、あじの干物、からすみ、いさきと芋にぜんまいの甘煮そしてどじょう鍋です。


夕方に同僚たちと平川天神へ参詣のついでに琉球芋(さつま芋)に栗と砂糖を入れて練り固めた「芋かん」を三つも食べています。帰りに入ったそば屋ではたこ・なが芋・れんこんの甘煮を肴に薬代わりと称して酒を飲み、とても風邪とは思えない食欲です。


天神前の店に入った伴四郎は「どじょうぶた鍋」で酒を二合飲んでいますが、これはどじょう鍋と豚鍋を別々に頼んだのでしょう。その後、藩邸近くの一ツ木まで帰ってきたところで、今度はうなぎ屋で「二躰」のうなぎを頼んで、また酒を二合飲んでいます。


日本橋からの帰り、小腹が空いたので久保原町でそばを食べ、その上、桐原では豚鍋で酒を飲んでのご帰還です。


そば屋へ入って皆はかけそばを注文、伴四郎は寒さしのぎと称して鳥鍋で二合の酒を飲み、その勢いでまぐろのアラと酒を三合買って長屋で大いに酔っぱらい、おかげで汗を一杯かいています。


飛鳥山では腰掛け茶屋で菓子と茶を楽しみ、王子権現の扇屋という料理茶屋に入っています。きれいな小座敷が沢山あり、庭もまた風雅で立派な料理茶屋で、なにか伴四郎には不似合いな気もします。刺身には菊・大根おろし・きゅうりとわざびがあしらわれ、都芋とたこの味煮、魚の味噌汁で酒も三合ほどすすみ、料理のきれいなことと味を大いに楽しんでいます。


伴四郎にとって毎月晦日は、そばを食べる日でした。晦日を理由に、八月は天ぷらそば、九月にはそばで酒を一合飲み、十一月には、肴は不明ですが、そば屋で酒を二合飲んでいます。どうも酒も晦日の楽しみだったようです。


酉の市の日の江戸は人混みだらけだったのでしょう。この茶屋では、大勢のお客に手が回りかねた様子、しばらく待たされて蒸しがれいの甘煮で飯を食べて酒を飲んでいます。淡白な味わいですが生姜と醤油に、味醂と砂糖で甘く煮付けたかれいは大変美味しいものです。


古き良き江戸を満喫している様子が伝わってきて、とても楽しんで読める一冊になっていますよね〜...

ときには、銭湯の二階で宴会をしたりも...

定府の二人が酒を二升おごり、伴四郎と寒川が鳥鍋と売肴を提供しています。売肴とは惣菜のようなものでしょう。銭湯の亭主も呼んで、二階で番をしている娘も加わり、伴四郎の三味線で歌いかつ踊る大宴会の始まりです。


また、主人公は紀州藩の衣装係りをお勤めにしているのですが、そのノウハウを民間にも教えて、お礼をもらったりもします。

以下は、豪商三井家に稽古にいったときの記事。

稽古の後にはご馳走が用意されています。吸物としてぼらの味噌汁、口取肴は蒲鉾、寄せ物は芋・栗・なが芋・玉子巻、ぼらの刺身と貝柱に生海苔と大根があしらわれていました。酒をしたたかに飲んで、蒲鉾の味噌汁、平皿に盛られた芹、椎茸、蒲鉾、麩で飯を食べて、菓子の土産まで付いていました。


ちなみに、勤務はさほど激務ではなかったようです。

伴四郎の勤務状況を紹介しましょう。五月二十九日に江戸に到着した伴四郎、六月三日には初出勤、しかし六月の勤務は六日間だけでした。それも四ツ時から九ツ時の勤務、現代風に言えば午前十時頃から正午までの勤務時間です。


翌七月の勤務実績はありません。早い話が一日も働いていないのです。八月は午前八時頃までから正午までに勤務時間が延びていますが、勤務日は十三日間でした。以下九月十一日間、十月八日間、十一月は九日間といった具合です。


いやぁ〜、うらやましい...

江戸時代って、のんびりしていますねぇ...

現在の日本のせわしなさは、明治維新以来の「富国強兵」という政府の方針と欧米から輸入した資本主義の制度が原因だと、つくづく実感しました。









posted by スイス鉄道のように at 08:00| 東京 ☀| Comment(0) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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