2017年11月21日

期間限定、かつやのタレカツ丼

おとといのことですが、かつやさんで期間限定のタレカツ丼を食べました。

かつやに行くこと自体、3ヵ月か、もっとぶりでした...

katsuya1.jpg

行ったのは今年5月にオープンした御徒町南口店です。

今までかつやを利用していたのは主に御徒町駅の北口にあるほうのかつやさんでした。

しかし、初めて南口店のほうを利用して、こちらのほうが快適で、なおかつ利便性も高いと思いました。

内部の空間は広いし、混んでないし、SuiCaも使えるしで...

やっぱり北口界隈はアメ横があるからか混んでますし、ややキレイじゃない系の人もいます。

その点、南口界隈はキレイってわけじゃないけど、普通っぽい駅前という雰囲気です。

料理についてですが、やや薄味かな...
健康的にはこちらのほうがいいんだろうけど...

それよりも耳寄りな情報としては、12月8日〜10日に行なわれるフェアですね。
↓↓↓
http://www.arclandservice.co.jp/katsuya/fair/fair.html

かつ丼(竹)やロースカツ定食が¥500円ポッキリのサービス価格で提供されます。

さっそく、カレンダーに印をつけました。

行かねば!








posted by スイス鉄道のように at 08:00| 東京 ☁| Comment(0) | お得系のネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月20日

先週の買い付け状況について

10月1日の記事7日の記事16日の記事に書いたように、10月上旬には保有金融資産のうちリスク性資産を大きく売っていました。

しかし、先週は大きく買い付けています。

買い付けた銘柄を全部リストアップすると...

【個別株・REIT】
キューピー、600株、買付平均単価¥2,785円、購入総額¥1,670,775円
ラクトジャパン、200株、単価¥3,885円、購入総額¥777,525円
大江戸温泉リート投資法人、2株、単価¥90,500、購入総額¥181,000(NISA)

【投資信託】(フィディリティ証券のキャンペーン利用で手数料ゼロ)
ダイワJリート(毎月分配型)、¥600,000円
PIMCO米国ハイイールド債券通貨選択型ファンド(米ドルコース)、¥700,000円

総合計、¥3,929,300円となりました。

いやぁ〜〜、買ったなぁ...

約400万円も買ってしまいました。

やっぱり、投資って、コツコツ積立じゃなくて、こういうふうに豪快に買うもんじゃないですかね?

それに、大きな買い物をすると、何か爽快感もします。

買い物をストレス解消にしている主婦(マダム)の気持ちがよくわかる気もします。

キューピー、ラクトジャパン、大江戸温泉、の3銘柄は11月権利銘柄でもありますので、権利日がやってくるのも楽しみです。

将来にも実を結ぶことも祈ります...







P.S.
投資はあくまでも自己判断と自己責任でお願いします。
上記の記述は私の個人的見解であり、何も保証するものでもありません。






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2017年11月19日

余暇とは何か? 人間らしく生きるとは何か?

『余暇と祝祭』という本を読みました。

余暇と祝祭 (講談社学術文庫) -
余暇と祝祭 (講談社学術文庫) -

著者はヨゼフ・ピーパーという、ドイツ人の哲学者,神学者であり、大学教授でもあった方です。

カトリック信者の方ですが、宗教の教義にとらわれない哲学的な考察によって、”余暇”とは何か?、人間らしく生きるということは何かを説かれております。

また、ギリシア哲学(プラトンやアリストテレス),スコラ哲学(中世神学),そして近代思想もふまえた上で、人間そして社会について考察されておられます。

近代哲学(カントなど)にも理解が深く、また、マルクス主義や近代資本主義思想にも造詣が深い...

まさに、知の巨人という方...

しかし、本自体は薄く、約110ページほどに過ぎない...

驚くべきことに、この短い文章で、核心に迫る論述を提供してくれている...

ぜひ読むことを、おススメいたします。

以下は、末尾にある解説からの引用です...

松田教授(元筑波大学教授の松田義幸氏)の考えでは、余暇理論あるいはレジャー論の中心テーマは「自由時間をいかに過ごすか」ではなく、「自由時間をいかに人間らしく生きるか」という形で捉えるべきであり、そのような人間らしい生き方を追求するレジャー論にとってピーパー教授の書物は「古典」としての位置を占めるにいたっている、というわけである。(稲垣良典)


利益重視の資本主義社会のもとで、パワハラ等の各種ハラスメントなどが横行する病んだ現代社会...

この本は、そんな今の世の中で、真の生き甲斐や人間らしさとは何かについて、目を見開かせてくれる一冊です。

要点をまとめると...
@がむしゃらに働くこと、イコール、人間らしくないこと
A人間らしく生きないこと、イコール、西欧のキリスト教文化では、”神”に反すること
B同時に、それは「怠惰」である
C18〜19世紀に、産業革命と啓蒙思想の普及により、実利重視,実益重視,労働賛美の価値観が世に横行した
Dこの労働賛美の価値観の普及が、「怠惰」の意味を変えた
となります。

聖書にはモーセの十戒というのがありますが、その第三番目の戒律は「安息日の遵守」です。

主にここから、古代〜中世のキリスト教思想および神学において、@とAの考え方が出てくるわけです。

また、古代ギリシアは奴隷社会であって、プラトンやアリストテレスたちは、労働は奴隷に任せて、自分は学園(アカデミア)を開いて、学生たちに勉強を教えつつ、みずからも学問と思索にいそしんでいました。

要するに、労働=奴隷のやること。

奴隷ではない「普通の人間」は知的な思索や哲学をやるものだ、という伝統がヨーロッパ文化にはあったわけです。

奴隷=非人間なわけだから、労働する行為=非人間的行為、知的な思索や学問=人間的行為、という価値観です。

格言があります。「われわれは余暇をめあてに働くのだ」
……(中略)……
アリストテレスその人が、かつて実際に言ったことなのです。


アリストテレスは余暇についてこう語っています。
「人間はただ人間としてではなく、彼のうちに神的なものが宿っていることによって。ただそのことによって余暇を生きることができる」


キリスト教の精神生活の理想とされている「コンテンプラチオ」(日常生活のあらゆる心づかいや関心をはなれ、小さな自我をぬけでることによって、世界をあるがままにながめ、その創り主にふれること)は、アリストテレスの余暇の思想にまでさかのぼるものです。


キリスト教が入ってきて思想が少し変化し、働くことは肯定されるようにはなりましたが、それでも、日々働くだけではいけないという考え方は残りました。

結果、西欧文化では、働くばかりの人生=怠惰!、というのが中世社会共通の価値観となります。

いや、これは、逆転の発想ではなく、”元々、そうだったのだ”と著者(ピーパー教授)は説くわけです。

形而上学的、神学的立場からいえば、「怠惰」とは人間が自分の本来の存在と究極的に一致しないことを意味します。


苦労や努力、つまり「労働」が不必要であるとか、無価値であるといっているのではありません。「労働」は準備としては必要であるが、本質的なもの、より価値の高いものはべつにある、といいたいのです。


人間が元気よく自己の本質、世界全体、そして神を肯定し、それらと一致すること、つまり「愛」が「怠惰」の対立概念です。


面白いことに、中世文化華やかなりし頃の人生観はこれとはまさに逆のことを語っているのです。それによりますと、「余暇の喪失」、つまり「余暇を実践する」能力の喪失がまさしく怠惰と結びついているのだ、というわけです。


それが、産業革命,市民革命をへて、労働賛美の風潮が発生し、かつ強くなり、定着していった...

したがって、労働しないこと=怠惰、と価値観が逆転したのだ、と...

このくだりを読んで、ヨーロッパ社会で有給休暇の取得率が高いことに、私は、あらためて納得いたしました。

ヨーロッパ人の深層心理には、有給休暇を取らないこと、イコール、怠惰、なんだという発想があるわけですね...

西欧を起源とするのが現在の資本主義制度なわけですが、その表層の仕組みだけを輸入した日本社会がいろいろな問題を引き起こすのを眺めていると、こういう西欧文化の原点に戻ってよく考えてみることの必要性をあらためて実感します...







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