2017年11月14日

出口治明著『百年たっても後悔しない仕事のやり方』から学んだ生保業界の変化の裏側...

出口治明さんという方をご存知でしょうか?...

この方が書かれた『百年たっても後悔しない仕事のやり方』という本を読みました。

出口氏はライフネット生命を60歳にして立ちあげたバイタリティーあふれる人であると同時に、とてもユニークな経歴・人柄の方のようです。

氏が書かれた自伝的な仕事のノウハウ本、兼、処世訓がつづられた教訓話集、とも言えるのが『百年たっても後悔しない仕事のやり方』というこの書籍なのですが、生命保険業界の裏話も書いてあったので、ここで紹介しておきたいと思います。

百年たっても後悔しない仕事のやり方 -
百年たっても後悔しない仕事のやり方 -

出口さんは京都大学法学部を出て日本生命に入社しますが、そのときの経緯がこれまたユニーク。

以下、引用です。

私は高慢にも司法試験に合格すると確信していましたから、もし日本生命に合格しても就職はしないつもりでした。面接の時、そんな自分の考えを生意気にも面接官に、正直に伝えました。そのことを黙っているのは、相手に対しても自分自身に対しても誠実ではないと思ったからです。その私に対して、日本生命の面接官はにっこり笑って次のように言いました。「落ちたらぜひ来て下さい」


京大法学部卒業予定という一流の経歴がこういうことを許したということもあったかと思いますが、昭和のおおらかな時代にはこういうやり取りもあったんですね...

そんな出口さんが年老いてから若者に対して言っていることは、例えばこんなようなことみたいです...

私は若い人たちに、「小さな丸より大きな三角形」になろうと言っています。三角でも四角でも削ったら丸になる。けれど大切なことは丸くなることではない。そうではなくて、削ると小さくなる、面積が小さくなることが大問題なのです。人間で大事なことは大きさです。角があっていいのです。それを削るのではなく、人間が人格を大きくしていけば、欠点や短所について自分で自覚できるようになるものです。


自らが若い頃そうだったからか、マニュアル人間,紋切り型人間になるなという...

自分もこんな上司ばかりだったなら、もっと会社も楽しかっただろうになぁ...
そう思いました...


さて、そんなユニークな出口さんは、入社後は企画部に所属し、経営層の近くで仕事をします。

そして大きな仕事を成し遂げることになります...

当時の金融行政はタテ割になっていました。金融制度調査会は銀行業のことを、保険審議会は保険業のことを、証券取引審議会は証券業のことを審議するといった、それぞれに都合のよい行政をやっていました。


私は金融制度審議会に生保業界も参加したいと考え、このことを日本生命の副社長であった弘世徳太郎さんにお願いしました。弘世さんは、私の直属の上司でもありました。日本生命の中で開明派と呼ばれ、先見の明がおありの弘世さんは大蔵省に出かけていき、生保業界が金融制度調査会に参加する了解を取り付けてくれました。


私は「言いだしっぺ」ということで金融制度調査会の事務局を命じられました。肩書きは生命保険協会の財務企画専門委員会の初代委員長です。


ついに一九九一年六月に「業態別子会社方式で各金融業態の相互乗り入れを認める」という結論が出され、保険業法を改正するというバトンが保険審議会に渡されました。その後保険審議会の答申(一九九二年六月)を受けて、一九九五年、実に半世紀ぶりに保険業法の大改正が実現したのです。


実は旧保険業法を変えるということは、大蔵省のほとんどの人が考えていたことだったのです。


しかし内心ではそう思っていても、役所のみなさんは誰でも法律通りに仕事をするということを叩き込まれています。それゆえに、三九年法は書いていないことはやってはいけないという理念で作られているのだから、法文には触れず、陳情してきた案件についてのみ許可を与えるという通達方式でやってきたのでした。


金融庁の担当者たちは新しい法律に基づいて業務の執行を開始します。彼らは法律の理念が変わったとおりに仕事を執行します。それが官僚であり、官庁なのだと理解しました。


20世紀末には金融ビッグバンと言われる大改革が日本では起こりましたが、そういう時代の転機とも相まって、生保業界でも大変化が起こってたんですねぇ...

1939年という戦前の法律で運用されていた生命保険業界が、1995年に法律が改正されたのを機に、大きく変わっていった...

そしてそれを陰のフィクサー的な役割で引っ張ったのが、民間の、いち生保会社の社員に過ぎなかった出口治明さんだった...

実は、わたしはこのへんの経緯はよく知りませんでした。
なので、いろいろと勉強にもなりました。

また、”お役所仕事”だとか”融通が利かない”だとかよく言われる官僚、つまりお役人という人種が、法律が改正されるとコロリと変わるというのも、言われてみればそうだなぁ、とうなづけました。

でないと法治国家として成り立たないですもんね。
法律と違うことされたら逆にたまりませんもの...

ともあれ、そういう着眼点というか、普通の人には気づかないことに気付く点も「できる人」って感じがしました。


そして、本文ではなく巻末に寄せられた小野田隆雄さんという方の出口氏評についてもすごかったです...

出口さんから手渡された新しい生命保険会社設立のための企画原案を通読した。そこには、現在の生命保険業界についての冷静な分析と、新しく設立を目指す会社のあるべき姿についての具体的戦略と戦術が、明快な客観性に満ちた文章で書かれていた。その文中には、「挑戦」とか「現状打破」といった起業家の文章にしばしば登場する言葉が、ひとつも出てこなかった。


出口さんが二〇〇一年から二〇〇六年まで、「日本の国益委員会」という集団に参加して、さまざまな角度から、この国に対する提言をしていたことを知った。その論文は、「世界通報」という雑誌に掲載され、全部で六九本あった。私は出口さんにお願いして、その六九本を拝借して読んだ。記述された内容は私の知識のレベルをはるかに超えており、世界地図や世界史辞典、日本史辞典、経済用語辞典などを机上に置かなければ、読み通すのも困難だった。この人は、ビジネスパーソンなのか学者なのか、またはステーツマンなのか。私は、出口さんという人間が深く流れる河のように思えてくるのを感じた。


日本の高い知識や教養を持つ人々は、「まず自分が日本人である」という自己認識からアイデンティティーを形づくる人と、もうひとつは、日本なる国の文化や歴史を否定し批判することで自分の存在感を確立している人、その二種類いるのかな、いつの頃からか私は、そう考えるようになっていた。いずれにしても、「日本と世界」、という図式の中にいる。けれど、出口さんの論調やものの考え方は、そのあたり、すこしも肩に力が入っていない。日本のよいところを見る目線も、世界情勢を分析する目線も、事実関係や真実を見ることを原点にしている。主観というオブラートをかぶせない。


まあ、ご本人の言わんとする仕事に対する心構えや処世訓に関して書かれた本文の記述には賛成できるところとそうでないところとの両方があるんですが、ロンドンの支店にも勤務され、広い見識,包容力,自由な発想といった人間的な広さに関しては、日本人にしてはレアーな人だな、と思いました...








posted by スイス鉄道のように at 08:00| 東京 ☔| Comment(0) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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