2017年12月25日

メリークリスマス!

皆さん、メリークリスマス!

12月17日の記事をご覧になっていた方はうすうすわかっていらっしゃったかもしれませんが、私はカトリック信者です...

昨日は朝から教会に行ってミサに参式しておりました。

上智大学の隣にあるカトリック麹町教会(聖イグナチオ教会)の朝の様子です。

ignatio.jpg

昨日はやや曇りがちのお天気でしたが、日曜の朝はやはり清々しいですね...

知り合いにもチラッと会ったし、式によって心が洗われた感じがしましたし、いい一日の始まりとなりました。

そして、精神的にストレスなく、悩み事もなく、毎日おいしい食事をして明るく楽しく生きていることに改めて感謝,感謝です...

なお、私は、別に宗教に救いを求めて信者になったわけではなく、”神学”という学問が入り口でした。

キリスト教文学やユダヤ教文学、あるいは、ボブディランやビリージョエルのようなユダヤ系のミュージシャンの曲の歌詞 → ・・・ → カトリック神学、みたいな流れで興味を持って勉強したのがきっかけでした。

カトリック神学は、もろもろの悩み事やストレスをすべて取り去ってくれるし、世の中の将来に対して希望を抱かせてくれた上、自分自身の生活の規律、そしてモラルの維持・向上にも寄与してくれます。

今の充実した生活も、身を持ち崩すような危険からの回避も、その他の様々な恩恵も、これがため...

まさに、カネで買えないご利益をもたらしてくれました。

ありがたや、ありがたや、です...

特に感銘を受けたのは13世紀の神学者トマス・アクィナスの神学でした。

以下、『トマス・アクィナス肯定の哲学』(慶応義塾大学出版会)からの引用です。

トマスは、アリストテレスを解釈しなおすことによって、キリスト教をも解釈しなおしている。


若き日のトマスにおける「アリストテレス」と「キリスト教」との出会いは、トマスという一個人においてたまたま起こった出来事にすぎないのではなく、それよりもはるかに広く深い射程を有する世界史的な出来事であった。そこで生まれてきた知的結実は、キリスト教徒か否かを問わず、現代に生きる我々の心を照らし出す知恵と洞察に充ち満ちている。


トマスはキリスト教からいったん離れて、古代ギリシャの哲学者アリストテレスの論理学によって思索します...

神学者というよりは哲学者として、人間心理や人としての生きる道を探り続けた聖トマスの成果は、現代に生きる我々にも時空を超えて働きかけてくれます。

すべてを肯定して生きるという生き方が人として生きる理想の道である、というのが彼の提唱する神学であり哲学です...

トマスの全体系を貫いて通奏低音のように鳴り響いている一つの根源的な旋律がある。それは、存在するもの全体に対する肯定と讃美の旋律であり、一見否定的な事柄をも巻きこみながらその全体を肯定していく人間の状況打開力と自己肯定力の強調である。


 私たちは、悲しいときに、泣くことによって、悲しみが癒やされ和らげられることがある。それに対して、嬉しいときに、笑うことによって、嬉しさが弱まりはしない。それどころか、笑うことによって嬉しさはより増幅する。
 悲しみと喜びという相反する感情に関するこの興味深い事実は、西洋中世の哲学者トマス・アクィナスがその主著『神学大全』のなかで言及しているものである。
 人間心理のこのような描写から浮き彫りになってくるのは、人間精神の柔軟な回復力、更に踏みこんで言えば、人間精神の根源的な肯定性とでも名づけるものである。


あらゆる神学は人間学と表裏一体だ。「神」と呼ばれてきたものを信じる人であれ信じない人であれ、神について論じてきた神学的な言説から、神に関してではなく、人間に関して多くのことを学びうる。


「愛」は、何らかのものの魅力(善)に心を打たれること、つまり「気に入ること(complacentia)」によって生まれてくる。そして、何かを好きになると、それを手に入れようとする「欲望」が生じてくる。魅力的な対象の獲得によって、その「欲望」が満たされると、最後に、「喜び」が生じてくる。これが、トマスが「欲求の運動の第一の経過」と名づけている、三つの肯定的な感情の発生の順序である。だが、この連鎖はそれで終わりではない。


 たとえば、商店街を歩いている人の目に、魅力的なコートが、ショーウィンドー越しに目に入ってくる。そのコートの魅力に心を打たれた―「愛」を抱いた―その人は、それを手に入れたいという「欲望」を抱き、金銭を貯めて、無事にそのコートを獲得すると、「欲望」は一段落して、「喜び」が生まれてくる。とはいえ、肯定的な感情の連鎖は、これで終わりになるわけではない。その人は、「喜び」という魅力的なもの(善)を与えてくれるものとして、ますますそのコートを愛するようになる。その意味で「喜びが愛を引き起こす」のだ。
 そして、「喜び」によって引き起こされた「愛」の向かう先は、その一つのコートに尽きるわけではない。それまではファッションにたいして関心を抱いていなかったその人は、一つのコートが与えてくれた「喜び」を通じて、そうした喜びを与えてくれるファッションの世界自体に対する「愛」を呼び起こされうる。それは、ささやかなことかもしれないが、この世界において生き続けていくことを支えてくれる、この世界との肯定的なつながりを、新たな仕方で与えてくれる出来事なのだ。


この世界が悪に充ち満ちていると嘆くとき、我々は、あるべき善き秩序の存在を暗黙的に認めているのであり、また、自らの生がもはや回復不可能なほどに絶望的で悪しきものになってしまったと嘆息するとき、我々は、これこそ生きるに値する善き生だという生の理想像を暗黙的に肯定していることになる。


哲学を専門にしているか否か、キリスト教に関心があるか否かという狭い枠組みを超えて、この世界を肯定的に受けとめて生き抜く実践的な生の技法を万人に提案している書物として、トマスの主著である『神学大全』を読みなおしてみたい。


生れてきた否定的な感情から眼を逸らすことなく直面し、それを通してその感情を生む原因となった否定的な現実に対しても心を開いて直面すること自体のなかに、否定的な感情を抱えながらもそれに打ち負かし尽くされない肯定的な精神の力が発現してくる。


神学は、神についての洞察を与えるのみではなく、人間のことのみを考えていては見えにくいような仕方で、人間に関する洞察を与えてくれる学問でもある。


2017年の終わりを迎えるにあたって、この先すべての困難に私たちが打ち勝ち、良き世の中になりますよう祈ります...

多くの人に幸あれ!







トマス・アクィナス 肯定の哲学 -
トマス・アクィナス 肯定の哲学 -


以下、Amazonの書評からの引用です...

トマスはいわゆる学問のための学問をしているのではなく、わたしたち人間の根底には「否定」ではなく「肯定」があることを綿密に解き明かそうとしたのだということを学びました。


キリスト教に興味や知識がない人でもわかりやすく読めると思います。いつも多忙で、疲れていて、あらゆることが面倒くさくて、イライラしたり、全てを諦めたり、自分中心で生きている現代人にとって、必要な本です。原点に立ち返る意味で、全ての人に読んで頂きたい本です。


神学の知識は前提されない。トマスが誰かを知らなくてもよい。むしろ、人生が、我々に日々教えてくれることと、感情が告げ知らせてくれることに耳を傾けることが求められている。用語の説明は平易、具体例は身近。理で読むより、海に飛びこむように、感じることを大切にして読む。


神学って現実離れした空虚な言葉遊びでしょ。そもそも前提が無理ゲーっぽいし。っていう。
そんな神学観・トマス観にNOをつきつける一冊が出ました。山本芳久の手によるこの書物は、トマス・アクィナスの『神学大全』を創造的に分析し、現代に生きる人間に生の活力を与える「肯定の哲学」とすることを目指したものです。





posted by スイス鉄道のように at 08:00| 東京 ☀| Comment(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月24日

ガストのイチボステーキフェアは、これがお得?

いま、ガストで「イチボステーキ・フェア」をやってますよね。

お店の広告用ページはコチラ...
↓↓↓
http://www.skylark.co.jp/gusto/menu/fair_ichibo.html

今日までイチボステーキが¥200円引きの¥999円だとか...

でも、私がいいなと思うのは、「イチボの熟成赤身ステーキとミックスフライ御膳」(¥1,199円)です。

ステーキの量は少ないですが、ご飯に味噌汁,和風の小皿2つ,タルタルソース添えのエビフライとクリームコロッケが付いてますし、コンロまで添えてくれます。

また付け合わせに、ほうれん草,さやえんどう,なすびの煮物みたいなの、が入っていて、栄養的にも肉系だけでなく野菜を配置してくれています。

私はこのメニューを、¥100円引きのクーポン券を使って¥1,099円(税抜き)でいただきました。

実際にはこんな感じです...

gusto.jpg

量的にはちょっと物足りないと思う人もいらっしゃるかと思いますが、いろんなお料理を楽しめることと、栄養的にもバランスが取れているので、こちらのほうが私としてはおススメです...







posted by スイス鉄道のように at 08:00| 東京 ☀| Comment(1) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月23日

有名な虎ノ門のお蕎麦屋さん ”蕎麦と胡麻の革命”

昨日の午後3時半くらいに、虎ノ門にある有名な蕎麦屋さんに行ってきました。

『そば処港屋』さんと言って、一見、蕎麦屋ともお店をやっているとも思えない建物にあります。

minatoya0.jpg

初めての訪問だったので、迷いました...

プーンと道路にまで匂ってくるいい臭いが無ければ見つけられなかったかもしれません...

店内には黒大理石の大きなテーブルがあり(6メートル四方くらい)、そこを囲むように立ち食い形式で食するシステムになっていました。

私は、このお店で一番の名物の「冷やし肉ソバ(¥870円税込)」を注文しました。

minatoya1.jpg

店内は薄暗いので、カメラのフラッシュを焚いてもこんな感じでしか映りませんでした。

ネットにあるこちらの紹介ページのほうが明瞭ですので、どうぞ。
↓↓↓
http://osietesite.com/gourmet/tokyo/wasyoku/soba/minatoya

お店のキャッチフレーズは、”蕎麦と胡麻の革命”...

”相反する素材を斬新な発想で見事に調和させる、そば処港屋。モダンな店内で豪快に食する田舎蕎麦はまさに革命”、だそうです...

まさにその通りで、値段のわりには蕎麦の量が多く、胡麻もたっぷりとかけられていました。

また、味も特徴があって、肉もたっぷりと盛られていまして、とても満足のできる一杯でした。

一度は行っておいて損はないお店だと思います...








posted by スイス鉄道のように at 08:00| 東京 ☀| Comment(0) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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