2017年12月10日

『ナポレオンと神』を読んで...

竹下節子著『ナポレオンと神』を読みました。

ナポレオンと神 -
ナポレオンと神 -

テーマとしてナポレオン(一世)を取り上げた本ですが、見方を限って、キリスト教を基盤とするヨーロッパの文化や社会とのかかわり方にスポットライトを当てています。

わかりやすくいうと、歴史教科書的でもなく、ロマンチックな物語風でもなく、伝記的でもなく、総花的な描き方でもない...

ヨーロッパ社会の価値観,思想,雰囲気(空気)が、ナポレオン前と後とでどう変化したか...

なぜ変化したか...

そして、いかに現代に強くつながっているのか...

そういう面からの著述がなされている...

非常に勉強になりました。


以下、本書の内容を引きつつ、近世〜近代への社会の変革をたどってみたいと思います...

ナポレオン前のヨーロッパ社会は絶対王政の社会でして、専制君主制でした。

それを支える理念は、王権が神から与えられたという「王権神授説」です。

しかし、ナポレオンという軍事的天才が彼ら(王たち)を徹底的にやっつけると共に、皇帝として戴冠し、ヨーロッパ中央部に君臨することで、そういう考え方が一掃されたのです。

王たちには再び「王権神授」のオーラをまとうことが困難だった。
王たちにかつて「王権」を授けていたキリスト教の神から派生していた価値観や世界観が、ナポレオンによってことごとく覆されていたからである。


ナポレオンは「王」ではなくて「皇帝」にならなくてはならない。その理由はいくつかある。キリスト教ヨーロッパの歴史の中で併存してきたローマ教皇と神聖ローマ皇帝の関係の踏襲がその一つで、もう一つはフランス革命が否定して打倒することになった絶対王政の「王権神授説」の巧みな回避であり、最後には「帝国」の標榜する普遍主義との親和性がある。


ナポレオンはまた、法典を整備します。

また、身分や宗教、そして人種によらず、立身出世できる仕組みを作ります。

これが、王を頂点とする身分制度をも崩しました。

人間の残酷さも見据えた上で具体的な未来像を描くこと、プラグマティックなリアリズムを行動の指針として掲げること、それに伴う「地上的」事象の重要視、直感に従って情熱をもって行動すること、恐れや罪悪感なしに将来を考えること、「力の意思」を信じること、自己肯定と自己信頼に立脚した個人主義とエゴイズム、勇気と正直と誠実を最高の徳として成果を評価することなど、ナポレオンが明確に導入した考え方は、それ以降の「西洋近代」とそれを採用した世界中の近代国家の新しいスタンダードとなったといえるだろう。


ナポレオンはその法整備と行政システムにおいて「近代フランス」の創始者だった。


ナポレオン法典は、その後ドイツの法律に影響を及ぼし、直接間接に日本の明治政府のお手本となりましたし、ナポレオン治下で、さまざまな将軍たちが軍功により出世しました。

また、ナポレオンは、傑出した文官にも高い地位を与えています。

ナポレオンは近代中央集権国家の台座となる御影石とは「公的機関」、「法」、「条令」の三つだと考え、一八〇八年にはそれらの設立に関わった功労者たちのうち生存している者には「帝国貴族」の伯爵号を授与した。


さらには、ユダヤ人を解放し、市民権を与え...

各県に国家との交渉窓口としてのユダヤ人会議が置かれ、三人の大ラビに率いられる中央会議がラビの任命権を有し、宣誓による祖国愛を育てる教育を統括するというものだ。その後二世紀にわたって存続するこのような有機的な組織構造を与えることにより、ナポレオンはフランスのユダヤ人を定義し、「ユダヤ人」を「イスラエル系市民」にゆっくりと変化させたのだった。


教会を弾圧した革命政府とは異なって、カトリック教会をうまく利用しようともするのです。

それは、社会に秩序と規律を与えるとともに、キリスト教の原点(=神の前の平等)に戻ることで、古い中世以来の身分制度に逆戻りしないという意思の表明でもありました。

すなわち、”平等”=”身分の否定”、なわけです...

しかし、教会の力を制限しつつ、リアリズムの立場に立って、宗教的な迷信世界とは一線を画すのです。

民衆の社会平和と欲望の規制のためにはカトリックというテンプレートが必要だった。キリスト教にはその実績があるとナポレオンは認めていた。


ナポレオンはルソーの愛読者で、社会はそれが「自然宗教」という形であっても何らかの宗教なしにはやっていけないことを心得ていた。


プラグマティックな精神の持ち主であるナポレオンは、宗教とは「種痘やワクチンの一種だ」とも言った。


帽子をかぶるように自分で戴冠すると、続いて跪くジョゼフィーヌの頭に冠を載せた。そして、和親条約を守るが(教会から没収した)国家の財産は撤回しないこと、フランス国民の利益と幸福と栄光を目的としてのみ統治することを厳かに宣言した。


戴冠式では、ローマ教皇から皇帝の冠をかぶらせてもらうのが慣例だったのを破り、自分の手で皇帝の冠をかぶったというエピソードは有名ですね。

これは、「王権神授説」の神→教会→王、という論理ではなくて、皇帝→教会・市民、という論理を作ったといえるわけです。

いわば、教会の下には立たないぞ、そして政教分離だぞ、という...

また、福祉の役割を担っていた教会組織を復活させ、社会のセーフティーネットの仕組みを担わせ、社会の安定を図ります。

旧体制下ではカトリック教会が民衆の冠婚葬祭を管理し、修道会が病院、学校、孤児や貧者を救済する施設などをすべて統括していた。カトリック教会を廃した革命政府は「共和国」の理念を正当化するために、それらすべてを引き受けなくてはならなくなった。冠婚葬祭の管理はすすめられたが、社会福祉の実績は一朝一夕では得られない。


すでに福祉のノウハウを持つ修道会が戻ってきて、「市民」という形で社会事業を再開してくれることで政府の負担を軽減することができる。ナポレオンは社会事業の慈善主になる必要はなかった。社会の「基本仕様」として出来上がっていたカトリックのネットワークを再復活させる「解放者」であるだけで十分だったのだ。



以上、こうしてみれば、ナポレオンこそが、現代の民主主義的な諸先進国家のテンプレートを作ったということが改めてわかります。

すなわち、政教分離,市民社会,法治国家,人種差別の禁止,身分制度の廃止と成果主義による人事制度,人民の福祉への配慮、などなど...

いわばナポレオンという存在は、決して教科書のなかに出てくるだけの歴史上の人物なのではなく、また、単なる独裁者というわけでもなく、その成果が現代に直結している偉大な人物ということです...

それが人類にとって良いか悪いかは別として...








posted by スイス鉄道のように at 08:00| 東京 ☀| Comment(0) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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