2018年11月13日

更科功著『絶滅の人類史』を読んでの感想(後編)

昨日の記事からの続きとなります。

『絶滅の人類史』の最後のほうの章で語られている驚愕の事実とは、最新の科学的成果によって浮かびあがって来た次の事実です。

ネアンデルタール人は分布を広げ、西はスペイン南端のジブラルタルから、東はシベリアのアルタイ山脈にまで達したようだ。


ネアンデルタール人の肌の色は、白かったと考えられている。
……(中略)……
低緯度地域では1日に数分ぐらい日光浴をすれば十分らしいが、高緯度地域だと1日に何時間も日光浴をしないと足りないようだ。そこで高緯度地域に住んでいると肌のメラニン色素が減って色が白くなり、たくさん紫外線を吸収できるようになるのである。


スペインのエル・シドロン洞窟から見つかったネアンデルタール人の骨からは、DNAが抽出されている。そして、メラニン色素の産出に関わる遺伝子(MC1R)の塩基配列が決定され、ネアンデルタール人に特有の突然変異が見つかった。その結果、ネアンデルタール人では、この遺伝子の活性が低下していることが明らかになった。これは、ネアンデルタール人がメラニン色素をほとんど作らず、肌が白かったことを示している。


ヨーロッパからシベリアにかけて分布していたネアンデルタール人は、”白人”だったようなんです。

この事実は、現在の人類のうちの白人の故郷がこのあたりであるという事実とも一致しています。

そして...

技術が進んで、化石中の核DNAを解析できるようになると、驚くべき結果が報告された。
 クロアチアは、アドリア海を挟んでイタリアの東にある国である。そのクロアチアのビンデジャ洞窟から、ネアンデルタール人の骨が発掘された。その骨から核DNAが抽出され、塩基配列が決定された。そして2010年には、ゲノムの約60パーセントが決定された。その結果から、ついにネアンデルタール人とホモ・サピエンスが交雑していたことが明らかになったのである。


ネアンデルタール人は、現在のホモ・サピエンスのうち、アフリカ人とはDNAの変異を共有していなかった。一方、現在の中国人やフランス人とは、DNAの変異を共有していた。これはホモ・サピエンスが、アフリカを出てからネアンデルタール人と交雑したことを意味している。交雑が起きた場所はおそらく中東で、アフリカ人以外のホモ・サピエンスのDNAの約2パーセントは、ネアンデルタール人に由来していた。


体色や体毛に関する遺伝子は、ネアンデルタール人からホモ・サピエンスに高い頻度で受け継がれている。おそらくこれは、寒い環境に適応させる遺伝子だ。ネアンデルタール人が数万年かけて進化させたのだろう。


驚くべきことに、我々人類(ホモ・サピエンス)とネアンデルタール人は混血していたということです。

白人と黄色人種には、ネアンデルタール人の遺伝子が数%、今も存在しているんだそう。

一方で、黒人にはネアンデルタール人の遺伝子が混じっていません。

そうすると、現在社会を悩ましている人種差別の問題にも新たな光が当てられることになります。

白人・黄色人種と黒人とは遺伝子的に微妙に違うわけですから、それはある意味、”種”としての本能的なものと言えるのかもしれません。

他に特筆すべき事実を挙げると...

ネアンデルタール人の脳は約1550ccで、1万年ぐらい前までのホモ・サピエンスの脳は約1450ccだ。ちなみに現在のホモ・サピエンスは約1350ccである。


中東のレバントが寒冷化したとき、姿を消したのはネアンデルタール人ではなく、ホモ・サピエンスだった。


ネアンデルタール人のほうがホモ・サピエンス(我々)よりも脳が大きく、頭が良かったかもしれないこと。

ホモ・サピエンスがアフリカを出てユーラシア大陸に最初に足を踏み入れる場所は中東なわけですが、この中東が、その出会いの際に一時的に寒冷化してネアンデルタール人が優勢になったらしいこと。

この2つの事実と、現代文明が中東に始まったこととは、関係があるのかもしれません。

今後の科学的成果によってもっと新たな事実が判明することに期待したいと思いました。









posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | 気づき・ヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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