2019年07月07日

『あやつられた龍馬』を読んで...

加治将一著『あやつられた龍馬』を読みました。

幕末の志士、坂本龍馬暗殺をめぐる謎の解明に迫る一冊です。

あやつられた龍馬―明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン
あやつられた龍馬―明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン


幕末〜開国に至る日本の歴史に、英国、そしてフリーメーソンが関わっていると著者は推理しています。

そして、龍馬暗殺は、平和的にではなくて武力で幕藩体制をぶち壊すことでフリーメーソンが標榜する「自由」,「平等」,「博愛」の理念と民主主義を推進するためであり、大政奉還によって平和的に政権交代を進めようとする龍馬が邪魔になったのだろうということらしいです。

また、龍馬がピストルを持ち歩いていたことから、暗殺の真犯人は身内ですぐそばにいた中岡慎太郎だとも...

この推理にはビックリでした。

とにかく、最初から最後までとても興味深く読み進めることができ、目を見開かれる思いも致しました。

以下、興味深い箇所の引用です。

「日本において体制の変化がおきるとすれば、それは日本人だけから端を発しているように見えなければならない」(一八六六年四月二十六日、ハモンド外務次官よりパークスへ)


長州は喉から手が出るほど武器が欲しい。一万人の藩士を武装させたい一心である。それには、ぎりぎり七五〇〇挺の銃がいる。それに軍船だ。グラバーも売りたい。桂小五郎と博文がいくら懇願しようとも、英国政府が首を縦に振らない以上、今回ばかりは天下御免とはいかない。いくらなんでも、下関戦争の直後である。フランス、オランダ、アメリカとの取り決めもあり、さらに幕府との条約もあって、さすがの英国も目をつぶれないのである。もっと上手い抜け道を考えろ、と諜報部から言われている。そこで、グラバーはダミー会社を作ればいいと考える。密貿易の手段として、手ごろなダミー会社を使う。商売人なら考え付くことである。そこで浮上したのが、「亀山社中」だ。


聡明な小松は、すぐさまあぶれている神戸海軍操練所の面々を誘い込む。外国に馴染んでいる面々なら適役だ。あとは責任者を誰にすえるかだ。消去法で考えれば、ただちに当事者の長州藩が除外される。ならば薩摩藩はどうか? これもよくない。現在、薩摩と英国はしっくりいっているし、表向きは幕府に協力しているポーズを取っている。長州密貿易などで、ミソをつけるわけにはいかない。残るは、土佐藩である。坂本龍馬が残った。


西と津田は幕臣だ。……(中略)…… この西周こそが、記録に残っている日本初のフリーメーソンメンバーなのである。


「自由」という言葉は西の造語だ。それ以外にも、「哲学」「現象」「客観」「主観」など、哲学者西周が創作したと思われる言語は数え切れない。


西は秘密結社のメンバーであることをひたすら隠蔽しつつ日本の哲学者として、すばらしい功績を残し、一八七三年には福沢諭吉、森有礼、津田真道らと共に「明六社」を設立、最後は貴族院議員になる。


その西たちがオランダを抜け、冬のパリに会いに行った人物……。炙り出された謎の人間は、だれあろう五代と寺島である。これは夢ではない。日本では激しくしのぎを削っている幕府と薩摩という両組織が、パリで密かに結びついたのである。しかも一度や二度ではない。十二月四日から十五日までの約一〇日間、両者はほとんど毎日べったりと過ごしているのである。


ある時期龍馬が、グラバーという民間英国諜報部員の代理人として認められていたのは動かしがたい事実である。その筋では知れきったことだった。だからこそ薩長同盟の後見人になれたのである。薩長同盟という大仕掛けの裏には英国がちらついている。大国の力がかからなければ薩摩の大御所など腰を上げられるものではなかった。そして龍馬は、英国の名代としてグラバーの手によって送られたと考えられるのだ。これで「薩長同盟」の間にさ迷い込んだ一人の下級武士、龍馬の謎が解けるはずである。


西周を慶喜の政治顧問から新政府の最高顧問格にスライドさせ、天皇の側近というポジションに据えて、天皇の「軍人勅諭」をしたためる。これは驚愕以外のなにものでもない。味方の親分の秘書から敵の親分への乗り換えなど、ものすごい力が働かなければできない芸当だ。目に見えないフリーメーソン、そして五代たちとのつながりが、西を新しい世に送り出したのである。


龍馬は、パークス直々の諜報部員だった可能性が導き出される。自分の上司直属のエージェント。それだけにサトウはやりづらかった。


龍馬が錯覚していたのは、パークスの態度だ。パークスは平和路線で徳川慶喜を手玉にとり、龍馬、勝、西たちを動かす一方、部下、サトウを放し飼いにしており、武闘派の謀略を事実上容認していたのである。


「大政奉還」を葬るために、薩摩と岩倉は「討幕の密勅」を偽造し、しゃにむに武力革命をぶち上げる。それは「薩道(サトウ)」を名乗り、薩摩に同化しているサトウも承知の上だ。英国、薩摩、岩倉、長州の足並みはそろっていた。あまつさえ土佐の後藤象二郎さえもだ。邪魔者はただ一人、龍馬だった。


不審の斬り合いで浮かび上がるのは、ただ一人をおいて他にはいない。中岡慎太郎、その人である。話し込んでいた慎太郎なら、龍馬がピストルを抜く暇もなく斬りつけられるはずである。


中岡慎太郎は岩倉具視とねんごろだった。十一月十三日には岩倉を伴って、薩摩藩邸を訪問し、吉井幸輔と会見している。この時期に注目して欲しい。後藤、龍馬によって鳴り物入りの「大政奉還」建白書が出された二週間後である。


いろんな情報を結びつけると一本の糸になるといいますが、まさにこの本がそうでした。

陰謀論をぶち上げるトンデモ本ではなく、理に適った内容だといえます。

この著者の本は何冊か読んでいますが、もっと読みたいと思いました。








posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☔| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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