2019年12月05日

穴場の浅草の街中華

昨日のランチはテレビでも取り上げられたという街中の中華屋さんに行ってきました。

浅草の中心部から少し離れたところにある『十八番』さんです。

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「きたなミシュラン」というテレビの企画で高評価を得たという、汚いけどうまい店という触れ込みをネットで情報としてキャッチしておりました。

実際、行って入って見ると、汚くはないですね(キレイとはいえないが)。

雰囲気的には肩がこらない、街中の気軽に入れる中華屋さんです。昭和はこんな店がたくさんありましたが今はもう少なくなってますね、残念ながら。そういう意味で貴重かもしれません。

さて、私が入店したのは11時の開店時刻を2〜3分すぎた頃。すると、2人組のお客さんがすでに来ておられました。また、私が食べ終わって出る頃にはサラリーマンの2人連れを始め数人がやって来ていて、かなり人気はあるようです。

席はどこでもいいということでカウンター席に座り、ニラソバ(¥750)と半チャーハン(¥400)を注文しました。

3分ほどでニラソバが、さらに3分ほどで半チャーハンが供されました。

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ニラソバはニラがこれでもかとたっぷりと入っており、ニンニクやニラなどが大好き人間の私は大満足。たまに出くわすお肉もいいアクセントになっており、またボリュームたっぷりで食べごたえもありました。グッジョブという感じでした。

チャーハンも、これぞ街中華のチャーハンというオーソドックスなもの。しかし、そこがいいんですよね。安心して掻き込めるといういうもの。メシの味がするウマいチャーハンでした。

街中華では東京東部で一、二を争うんじゃない?(ちょっと大袈裟かな?笑)

おススメです...






十八番中華料理 / 浅草駅(つくばEXP)田原町駅稲荷町駅

昼総合点★★★☆☆ 3.4








posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☀| Comment(1) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

松村劭著『スイスと日本 国を守るということ』を読んで

松村劭著『スイスと日本 国を守るということ』を読みました。

著者は元自衛官。またアメリカの軍人筋とも人脈が深い方で、広範な軍事知識,鋭い国際情勢分析,地政学的分析,そして深い洞察を兼ね備えておられる稀有な人材だと思います。

スイスと日本 国を守るということ −「永世中立」を支える「民間防衛」の知恵に学ぶ
スイスと日本 国を守るということ −「永世中立」を支える「民間防衛」の知恵に学ぶ

タイトルとは異なり、スイスの国防というよりは、スイスの歴史をたどりつつ国防戦略を総合的に論じた名著と言えましょう。

歴史好きの私にとって、この本を読むのが大変楽しい時間になりました。

また、私がこれまで知らなかった知識や情報もたくさんあって、とても勉強にもなりました。

以下、例によって参考になる箇所を引用して紹介したいと思います。

広島・長崎における原爆の威力を見て、スイス軍と連邦政府は原子力の研究に関心を持っていた。ソ連がわずか四年後に原爆開発を成功させたのを受けて、スイス軍参謀本部が驚くほどの勢いで原爆時代の到来に対する安全保障政策を打ち出した。それは軍事理論の常識通り、原爆の開発(攻撃手段)と、防空壕・防空火網の強化(防御手段)である。……(中略)……スイスは国連のメンバーではないが、攻撃手段としての核開発を断念した。その理由は、フランスが核保有を果たしたことが大きい。アメリカからだけではなく、隣国フランスからも圧力がかかる恐れがあった。万一スイスが核攻撃を受けた場合は、その被害が隣国フランスにも及ぶ公算が高い。そこで、スイスが開発を放棄する代わりに、フランスが核報復を請け負う秘密協定を結んだ。


国際連盟を結成した世界の主要国は、「戦争放棄」に関する条約(一九二八年)に調印した。じつは、この条約が今日の『日本国憲法』の出所である。


英国国際戦略研究所(IISS)の歴史研究によれば、テロに対処する主要な手段は「情報機関」「警察」「郵便局」であって、この三点によるテロ抑止の成功率は九五パーセントに及ぶという。軍隊の出る幕はほとんどない。「郵便局」がテロ抑止に有効であることは、古くナポレオンのスペイン戦争で実証された。


(スイスの)民間飛行場は軍用に転換できる機能を備えていて、学校はヘリコプターの発着場となる。農地には、機関銃陣地、対戦車陣地が作られた。私人の家屋も防御陣地の設計を考慮して配置され、腰下の壁は小銃弾の貫通に耐えられる強度がなくてはならない。各家庭には有事における監視方向が割り当てられている。


スイスの軍人の国防に対する考え方を参考にしてよいだろう。
彼らは胸を張って言う。
「国防の責務は、現在生きている国民の利益を守るためだけにあるのではない。独立の年から今日までの七世紀間に生きてきたスイス人、そして将来のスイス人に対する責務でもある。スイス軍人にとって、国防は自然権であって、憲法の上位にある。もしスイスが外国に併合されても、スイス軍人は亡命政権を作って『スイス連邦』の国名を掲げ、闘い続ける決意を計画に含めている」と。


世紀の転換期、スペインの将軍ゴンザロ・ド。コルドバは、ナポリ王国との戦闘中において、戦術における小銃の効果を発見した。やがて彼とその後継者たちは「スペイン方陣」という新しい戦闘ドクトリンを開発する。
パイク歩兵を防護柵のように配置して、その背後から小銃手を数段構えで横長に配列し、順次交代で一斉射撃する陣形である。勘のよい読者ならお気づきかもしれない。織田信長は、スペイン方陣の誕生から約六〇年後の『長篠の戦い』で同様の小銃戦術を用いた。ただし彼の場合は、最前列のパイク歩兵に代えて「馬防柵」を建てたのだが。多くの外国人を招き、その話題に聞き入っていたという信長は、誰かからスペイン方陣について聞いていたのかもしれない。


鉄砲の三段撃ち戦法は織田信長の独創じゃなかったかもなんだー、と思いました。

スイスが核についてフランスと秘密協定を結んでたというのも目からウロコでした。

それから、やっぱり、憲法の上位にやはり自然権(そのうちの一部が自衛権)があるということの確認もできました。

これからの日本はこういう安全保障に関する専門家を多数育て、その知識についても国民のあいだで広く共有しなければならないと思います。






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