主人公は平安末期の天皇家の長、後白河法皇で、この作品はその前半生を描いた長編です。

浄土の帝 (角川文庫) - 安部 龍太郎
武家政権を開いた源頼朝からは「日本一の大天狗」と呼ばれ、時代の変わり目における反動勢力の雄でもあった法皇は、どちらかというとこれまでネガティブなイメージで捉えられることが多かったように思います。
実は私もそうでした...
しかしこの作品は、そんな従来の因習的なイメージを覆してくれました。
運命に翻弄されつつつも、神輿として担ぎ上げられるのに甘んじず、みずからの主体性を持って一個の政治家として生きた雅仁親王(後白河の本名)の生き様が生き生きと描かれていました。
創作とはいえど、史実に取材することを基本線とする安部龍太郎氏の姿勢を鑑みれば、かなり真に迫っているのではないかと思われます。
500頁にも及ぶ大作でもあり、外に出るのが億劫になりがちな冬の休日や、夜長にじっくりと読むには最適な作品でもあります。
また、安部氏は、平安時代の宮廷周辺や貴族の優雅な世界を美しく描いてもくれていて、おっさん(失礼)とはいえない見事な筆致をも示してくれています。
一節を引用してみましょう...
「雲の上をかけはなれたるすみかにも」
ふと、そんな歌を口になされた。
「物わすれせぬ秋の月」
滋子が美しい声で後をつけた。
『源氏物語』の冷泉院の歌である。
「月かげはおなじ雲井に見えながら」
上皇は興を覚えて光源氏の返歌を詠じられた。
「わが宿からの秋ぞかわれる」
滋子は迷いなく下の句で応じた。
「確かに秋は変わった。歳月は人を待ってはくれぬものだ」
側室となる平滋子との出会いにおけるやりとりです。
いかがでしょうか?、平安のみやびさが浮かんでこないでしょうか。
作品は政権(院政)確立の一歩手前までで終わっていますが、続編が読みたい気がひしひしと致しました。
了