2020年01月25日

井沢元彦著『逆説の世界史3』を読んで(後編)

昨日の記事からの続きとなります...


本日は仏教に関する記述について感想を書きたいと思います。

仏教は古代インド世界の思想・哲学の中から生まれ、始祖ゴーダマ・シッタルダの死後、その内容を変質しながら発展してきました。

この著作では、そのあたりの経緯が非常にわかりやすく、かつポイントを押さえて記されていました。

以下、重点箇所を列挙・引用してみます。

ウパニシャッド哲学では、宇宙の根源について、それを「ブラフマン(brahman)」と呼ぶ思想が既にあった。ブラフマンは同時に知性でもあり、すべての事物に影響を与えている存在だ。ヒンドゥー教の神々もこのブラフマンの働きによって存在するもので、最高神のブラフマーもその働きによって生まれた。これまで私はヒンドゥー教を多神教として扱ってきたが、現代のインド人の中にもヒンドゥー教は一神教と考える人がいて、その根拠はまさにここにある。ブラフマーこそ唯一絶対神だと考えるわけで、インドラやヴィシュヌなどは「神」という名で呼ぶから分かりにくくなるので、ブラフマンの働きの一環(大きな一環ではあるが)にすぎないと考えるわけだ。


ヤージュニャヴァルキヤは、ブラフマン(仏典では「梵」と訳す)はアートマン(仏典では「真我」と訳す)と実は同じものであり、その「梵我一如」に気がつくことこそ究極の悟りであり、あらゆる苦しみから人間を解放して自由にすると考えた。


このヤージュニャヴァルキヤの形成したバラモン教(ヒンドゥー教)の根本思想に対して、アンチテーゼとして登場したのが、ゴータマ・シッダールタつまりブッダ(釈迦)の仏教であった。


バラモン教もブラフマン(宇宙の真理)とそれに一致するアートマン(自我)の存在は認めていたが、ブッダはそうした考えを「諸法無我」として否定した。その「否定」を理論化したのが「空」で、インドの最大の仏教学者とされるナーガルジュナ(龍樹 Nagarjuna/150〜250年頃)によって完成された。


大乗仏教は大量の経典を新たに創造した。それまでの仏典は歴史的実在であるブッダ(ゴータマ・シッダールタ)の言行録が基本だったが、大乗仏教はブッダを時空を超越した存在とし、ブッダ以外にも悟りを開いた「如来」が複数いたという立場を取った。


解脱はすばらしい。しかしただの人間にそれを望むべくもないとあれば、いっそ解脱した人を拝むことにすればどうか、ということが大乗仏教の出発だった。釈迦にとっていい面の皮だったろう。かれは死後”神”として拝まれるなど、思いもよらなかった。


阿弥陀如来という概念もやはりインドかシルク・ロードのどこかで2世紀頃に突然誕生し、その教えは中国を経て日本にも伝えられた。



日本の仏教は大きく分けると2大宗派から成ると思われます。すなわち、@禅宗系、A浄土系です。

Aの浄土系の宗派は阿弥陀仏を尊重する宗派で、浄土宗,浄土真宗,法華宗と今でも隆盛を誇っています。

その阿弥陀仏がヘレニズム文化の領域であった古代の中央アジアで生まれたということは、日本仏教の主流の本質はヘレニズム文化にあり、ギリシャ哲学や思想とも意外と親和性をもっているのではないでしょうか。

仏教が滅びてしまった中国や仏教が伝来しながらも儒教化してしまった韓国と違って日本が欧米文明と親和的なのはこのへんに原因があるのかな、とも思いました。







posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | 気づき・ヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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