2017年09月29日

シェイクスピア作『リチャード三世』を読んで...

ちくま書房から文庫で出ているシェイクスピアの作品『リチャード三世』を読みました。

シェイクスピア全集 (7) リチャード三世 (ちくま文庫) -
シェイクスピア全集 (7) リチャード三世 (ちくま文庫) -

この作品を読むのは初めてでしたが、面白かったです...

シェイクスピアというとお堅いイメージがありますが、そんなことはなく、私が昔読んだ『お気に召すまま』なんかとても面白かった記憶があります。

下ネタあり、権力者に対する風刺やときには批判あり、思わずうならせられる処世訓あり、ドタバタしたコント風のシーンありと、思わず引き込まれると、一気に最後まで読了間違いなしです。

また、ひとつひとつの文章は長くありません...

というのも、もとは劇を演じるための台本だからで、短いセリフの連続によって物語が進んでいきます...

そういう意味でも読みやすい...

ありきたりの読み物に飽きた人にもおススメです。

さて、この『リチャード三世』は稀代の悪党ヨーク公リチャード(のちの国王リチャード三世)が主人公です。

必ずしもすべてが史実ではないそうですが、古典の名作において悪党が主人公であるというのはまず珍しいと思います。

彼は、前国王の三男として生まれ、長男が王位を継いだものの野望を捨てず、次々と政敵(その中には次兄や甥もいる)を葬り去り、ついには国王の座につきます。

しかし最後には、彼にあいそをつかした元味方や、有力な別の王位継承者の挑戦を受け、ついには戦場で死んでいきます。

最後のセリフは、有名な、
馬だ! 馬をよこせ! 代わりに俺の王国をくれてやる、馬!

というもの。

修羅の道を歩んだ男の末路なわけですが、不思議といやらしさはあまりなく、むしろやるだけやった男が最後に年貢の納め時を迎え、それが清算されてスッキリ、という感じでしょうか...

その他にも、思わず膝を打つような心に響く名セリフがたくさん...

例をいくつか挙げると...

王侯貴族が称号を持つのもただ栄光のため、
内なる苦悩と引き換えの外側の栄誉にすぎない。
手応えのない幻影のために
山ほどの不安と心労を抱え込まねばならない。
とすれば、貴族の称号を持つ者と名も無い民との
違いと言えば、上辺の名声の有無だけだ。
(第一幕 第四場 ブラッケンベリー)


世の中の変わり目はいつもそうです。
神に授かった本能で、人の心は
危険が近づいてくるのを察知する。大嵐の前には
海の波が高くなるのが経験で分かるじゃないですか。
だが万事神様にお任せしましょう。
(第二幕 第三場 市民三)


失ったものを美化すれば、失わせた者はより醜く思える。
(第四幕 第四場 マーガレット)



あと、もうひとつ感想を言わせていただくと、この作品が書かれた頃のイギリスは宗教改革がヘンリー八世によって行なわれた直後であって、しかもイギリス国教会はヘンリー八世の政治的意図によって設立されたにすぎず、その教義は改革前のカトリックと変わらないため、作品のなかにカトリック的な思想をバックグラウンドに持つセリフだなと感じるものが多くあること。

すなわち、中世的な信仰が息づいているなと感じる場合が多くありました...

ピューリタン革命や産業革命,そして啓蒙主義的な哲学や政治学をへて近代的に変化したあとのイギリス思想とイギリス人に接している現代の私たちには「イギリス人がこんな風に思ったり、こんなふうに日々の生活にキリスト教の信仰を反映させて生きてるんだ」と思うような、そんな古めかしいというか純朴なイギリス人たちの姿が、本を読んだ後、まぶたを閉じるとありありと浮かんでくるような、そんな感じでした。

そのへんのところも、とても新鮮にも思いました。








posted by スイス鉄道のように at 08:00| 東京 ☀| Comment(0) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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