2020年03月18日

福冨健一著『共産主義の誤謬』を読んで

福冨健一著『共産主義の誤謬』を読みました。

著者は、日本の政界のなか、民社党を皮切りに、民主党,自民党と渡り歩いてきた方です。

保守リベラル派でありながら、共産主義がいかに誤っているかという点をアカデミックに立証しておられます。

共産主義の誤謬 - 保守政党人からの警鐘 - 福冨 健一
共産主義の誤謬 - 保守政党人からの警鐘 - 福冨 健一

今回、あらためて学んだこともたくさんありましたし、資本主義社会からの収奪と経済発展の可能性が無い”共産主義”というものがいかに誤っているかを再認識できました。

そのことを一番よく表しているのがこの一文です。

ロベスピエールの独裁政治の理論的拠りどころとなったのが、ジャン=ジャック・ルソーの「一般意思」である。そのためロベスピエールは、「ルソーの血塗られた手」とも呼ばれる。


共産主義における民主主義は、個人と国家全体の意思が一致するような意思、すなわちルソーの唱える「一般意思」を引き継いでいるので、部分意思の代表である政党は不要となる。つまり、全体主義国家となってしまう。


レーニンがフランス革命のときのロベスピエールにあこがれていたのは有名ですし、労働者の天下が来ると国家もいらなくなるという主張は、フランス革命の際の”第三階級”中心主義にそっくり。

また、フランス革命が宗教(カトリック教会)を弾圧したのも、共産主義のいう「宗教はアヘンである」に通じます。

流血の人民革命であるフランス革命の系譜を引くのが共産主義なんだなということがあらためて確認できました。

このことは、共産主義のシンパでもあった戦中〜戦後日本の学界でも共産主義に異論を唱えた学者さんの系譜があり(東大から追放された河合教授とその弟子の系譜)、そこでも指摘されているようです。

東大教授であった河合栄治郎は、共産主義について、「国家を階級国家と見るのは、誤謬である」 と、マルクスの国家観の誤りを指摘している。河合の門下である関嘉彦は、「プロレタリアート独裁国家は、一党独裁が当然の帰結である」 と、共産主義は独裁国家になると指摘している。


河合栄治郎は「国家死滅論」に対し、マルクス、エンゲルスの国家論は、国家が何であるかの認識に於て誤り、更に強制権力の必要が社会主義の実現と共に消滅すると解する点に於て誤る。(『社会政策原理』)と「国家死滅論」は「誤り」であると断じている。


まさにその通りだと思いました。

また、日本の労働組合の歴史と状況も把握できました。

以下に引用します...

資本主義を前提としてマルクスの階級闘争史観を拒否した組合は、かつての民社党系の自動車総連や電力総連などで構成された同盟(全日本労働総同盟)である。


戦後の労働組合運動は、GHQにより全労連が解散させられ社会党系の総評(日本労働組合評議会)と民社党系の同盟(全日本労働総同盟)が主流となる。


同盟は、(中略)生産性向上を否定するのでなく、労使協調を基本にしている。これに対し総評は、「生産性向上は、労働者に搾取と労働強化をもたらす」と、生産性向上を否定している。


イギリス労働党は一九〇〇年に結党するが、結党当時から議会制民主主義により労働者の権利を向上させようと活動した。当時、イギリスの社会主義は「民主社会主義」と呼ばれ、ファシズムと共産主義を排除した。


イギリスの例に倣い日本の民社党は、共産主義を排除した社会主義ということから「民主社会党」と名付け、その後「民社党」とした。


労働組合総連合ナショナルセンター(全国組織)を調べると、連合(日本労働組合総連合会)六八九万人(民進党系、旧総評・旧同盟)、全労連一〇八万人(共産党系)、全労協(全国労働組合連絡協議会)一二万人(社民系)である。


民社党の系譜が日本の政界再編の歴史のなかで消滅・埋没してしまったのはかえすがえすも残念です。

貧富の拡大のなかで再び勢いを増す日本の共産主義...

リベラル保守の立場からは安倍政権を推すしかないようにあらためて思いました。






posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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