2020年04月13日

福井義高著『日本人が知らない最先端の世界史』1巻,2巻を読んで(前編)

福井義高著『日本人が知らない最先端の世界史』1−2巻を読みました。

著者は、この本の中で、鎖国的な要素も伴う日本の学界&マスコミ界で流布している通説のおかしなところを次々に指摘しています。

既存の教科書的な歴史観に凝り固まった人には特にタメになる一冊です。


日本人が知らない最先端の「世界史」 - 福井義高
日本人が知らない最先端の「世界史」 - 福井義高

日本人が知らない最先端の「世界史」2  覆される14の定説 - 福井義高
日本人が知らない最先端の「世界史」2 覆される14の定説 - 福井義高


特に参考になった箇所は、東京裁判史観,戦後リベラル史観といった視野狭窄に陥った我々日本人に正しい歴史認識を与えてくれるとともに、中国および韓国の日本批判に正しく反論できる糸口をも気づかさせてくれたところ。

以下に引用します...

日独同罪論は、日本が反論しなければならないのはもちろんのこと、そもそもホロコーストの唯一性という欧米及びイスラエルにおける正統的歴史認識に挑戦する側面を持っており、とくにドイツ自身、米国及びイスラエルにとって容認できない議論に思える。


ホロコーストの唯一性を前提にすると、ドイツと比較して日本の謝罪が不十分であるというような議論は、瀆神行為とすらいえる。なぜなら、ホロコーストと日本の通例の戦争犯罪を比べることは、比較を絶するはずの絶対悪を相対化することを意味するからだ。


中韓の安易な日独比較論は、今日の国際的コンセンサスから見れば、ホロコーストを無害化する危険な主張なのである。


今日の米国において、第二次大戦の戦勝記念といえば、五月の対独戦勝利が中心で、八月の対日戦勝利は脇へ追いやられている。これは、絶対悪ドイツと通常の敵に過ぎなかった日本という、戦勝国側の歴史認識を表わしているといってよい。


第二次大戦正(聖)戦史観にとって、あくまで悪の主役はドイツであり、日本やイタリアは脇役に過ぎない。


なにかというと第二次世界大戦の件で外国(特に中国と韓国)に責められ、悪者扱いにされる我が国ですが、”悪”の勢力ではなかったという認識を持ち、同時に敗者としての謙虚さを忘れずに、軍国主義的要素を遠ざけ、平和と人権擁護の線で生きていくようにすればよく、必要以上に委縮する必要はないということです。

この他にも、第二次世界大戦をはさむ旧ソ連を中心とする共産主義勢力のスパイ活動のことや、インド独立派は戦前〜戦中の日本に対し必ずしも批判一辺倒ではないこと、ナチスを支持したのはプロテスタント地域であったこと、ピカソの有名な絵「ゲルニカ」は左翼のプロパガンダの要素があること、不戦条約は日本の大陸進出のすべてを否定してはいないなど、参考になる議論が多々ありました。

それも、主張の内容は筆者の主観ではなく、海外の研究者の成果をたくさん引用し紹介しつつ、説得力のある筆致で論理的に結論にもっていっています。

信頼しうる歴史評論だな、という印象を持ちました。

とくに教科書教育に毒された多くの若者に読んで欲しいと思いました。

明日は本日の記事の続きとして、通説を打ち破る目新しい歴史視点をさらにいくつか紹介してみたいと思います...






posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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