2020年07月04日

納富信留著『ソフィストとは誰か?』を読んで

納富信留著『ソフィストとは誰か?』を読みました。

著者は西洋哲学、それも古代哲学の研究者です。それで、久々に本物の学者の読みごたえのある名著に出会えた気がしました。

ソフィストとは誰か? (ちくま学芸文庫) - 納富 信留
ソフィストとは誰か? (ちくま学芸文庫) - 納富 信留

内容としては、ソクラテスに始まりプラトン,アリストテレスから近代哲学・政治学へと至る知の本流からあぶれた位置づけにされている「ソフィスト」という古代ギリシアにおける知識人の一群に焦点を当てて論じています。

通説では、詭弁家,似非哲学者,悪しきポピュリズムの助長者とされていますが、そうではないということを総合的に論じたうえ、”話し言葉”を重視する文明論にまで踏み込んでおりました。

”書き言葉”を重視する文明 … エジプト、メソポタミア、中国、近代西洋
”話し言葉”を重視する文明 … 古代ギリシア、日本

くしくも、日本は古代ギリシアと共通点があり、話し言葉が言霊や祝詞となって尊重される”話し言葉”に力(パワー)を認める文明タイプに属します。

著者は言います。”話し言葉”を軽視するのは一方の立場に過ぎないと...

ゴルギアスの言論技法は、哲学が目指す論理の演繹性や体系性、さらに一般性とは異なり、目の前の聴衆がどう言論に反応するかを考慮し操るものである。……(中略)…… その場の「時宜」を活かし、聴衆の関心や場の雰囲気を読みながら、核となるアイデアをもっとも効果的に相手に伝える言論の技法が、社会において要求されたからである。


「時宜」という概念は、弁論術の鍵として、現代でも大いに注目されている。


ギリシア人が発明した二四文字のアルファベットによる全ギリシア語の音声表記は、文明の進歩において画期的であった。読み書きの習得がきわめて容易で、専門技術を必要としないため、民主政下で多くの人々がその能力をもって政治に参加できたからである。他方で、習得の容易さは、社会における「文字」の権威をあまり高めなかった。


書く営みは、つねに従属的な意義しか持たず、おもに奴隷や下僕の仕事とされた。この特徴は、オリエントの先進文明と比べると際立つ。エジプトの神聖文字やメソポタミアの楔形文字は、「書紀」や「神官」といった社会的に高い身分の者たちに独占されていた。文字に通じることが文化人の条件であり、政治や宗教への権力を意味していた。


書くことは、多くの時間をかけて修正を加え、先行例を収集して真似できるため、素人にさえ容易な、ありふれた営みである。他方で、時宜に応じてその場で適切な考えを言葉に組み立てることは、長い訓練が必要な困難なことである。


言われてみれば確かにその通りで、即興のトーク、それも大衆の面前で行なう演説のいかに困難なことか...

”書き言葉”は確かに文明の基礎であり、重要すぎるほど重要ですが、話し言葉によって多くの人を魅了する技術というものも人間社会にはとても重要なものであり、そこを価値の低いものと断定するのはフェアーな態度ではないのだということが学べました。

事前に思っていた以上に値打ちのある一冊でした。






posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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