2017年10月13日

立憲民主党の枝野氏に新しい風を感じて...

今月22日実施の衆議院総選挙の公示が10日に行われ、今週に入って、いよいよ選挙戦が本格的になってきたなという感じがします。

私が注目しているのは、”立憲民主党”とその党首の枝野氏です。

希望の党は急造政党という感じがどうしてもぬぐえないし、自民と公明の連立政権が独り勝ちするのも日本の将来にためには良くないと考えます...(なお、必ずしも自公政権を否定しているわけではないです)

枝野氏は、過去、民主党の旗上げ時代から、鳩山氏,小沢氏,菅氏,前原氏,蓮舫氏などの陰に隠れていた印象ですが、ここへ来て、党首になってからは、リーダーシップとそのぶれなさそうな熱さが評価できる人物としてクローズアップされてきたように思います。



”すべての比例区に選択肢を”ということで、立憲民主党が思わぬ躍進を遂げるとなると、自公+立憲民主党の連立政権や、希望と維新+立憲民主党の連立政権なども考えられ、日本の政治のキャスティングボードを握る可能性もある...

そうすれば、一定の歯止めがかかって、右寄りに多少行き過ぎた感のある日本の政治が中道寄りに少し戻るかも...

なぜなら、立憲民主党は中道左派だと思っているので...

私は、基本的に、政治は中道であるべきだと思っているので(短期的に見てそれが経済を多少うまくいかなくしたとしても)、そうなれば、”良きかな”、と思います。


なお、立憲民主党に注目している理由はもう一つあります。

それは、共産党や民社党のように、20世紀色・昭和色を伴う左翼勢力というのではなく、21世紀色・平成色を出しているところ。

Twitterをうまく駆使して(フォロワー数が17万人を超えている)いますし、枝野氏はなんとアイドルグループ乃木坂46と欅坂46のファンみたいなんです。





やはり、政治・政党というものは、最新の状況をふまえて行われ、また、その活動が取り組まれていかなければいけないのではないでしょうか?

昭和時代のリベラル色を引きずっている政党では、時代の流れに遅れているとしか思えない...

そういう意味では、立憲民主党と枝野氏は、”NEW!”というマークの付いている政党であり政治家だと思うんですよねぇ...

また、一部の経済評論家や学者の意見を踏まえるだけでなく、庶民目線というのも必要です(もっともそればっかりではいけませんが)...

アイドルソングといえども、市井のはやりものへの興味と関心を持つということは、変に「政治屋」ぶらずに仕事をしそうだということなので、これも一定の評価ができるんじゃないかと思います...

とりわけ、選挙権を持つ年齢が20歳→18歳へと引き下げられた今では、若者層に訴えるべきものがあること、また、たとえそれが無くても、若者層に政治に興味を持ってもらえるような政党なり人物なりが出てくるのが日本の将来のためになるのではないでしょうか。

”若者層”が政治に無関心なまま、というのではいけないですものね...








posted by スイス鉄道のように at 08:00| 東京 ☀| Comment(0) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月08日

ピコ太郎さんのツイートが語るもの...

ピコ太郎さんがウガンダの観光大使に任命され、招待され、現地まで行ってきたみたいですね。

Yahoo!ニュースの記事...
↓↓↓
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171006-00000048-tospoweb-ent







いやぁ、すごい...
大統領と会談させてもらえるなんて...

”ネット社会”って批判も多いけれど、彼はネットによって成功者になりましたね...

ひと昔前であれば、日本にくすぶる星の数ほどいるバラエティ芸人の一人で終わってたような気がします。

ところで、思わずうならされたのは彼のこういうツイートです。



「すぐ数値だったりコスパに走るけど...(中略)、何より決めるのは自分だと実感する。
風や匂いや味や時間感覚や…何より人との触れ合いでしか得れないものは確実にある。」


まさにその通りで、勉強するのは良いことだけれど、そればっかりにすると、頭でっかちになりすぎて、大事なことを見失ってしまうんじゃないでしょうか。

投資の世界にたとえると、投資本やネット情報を見て、それでインデックス積立にばかり走るのはどうかなぁ〜???

このブログで何度も言っているけれど、投資の基本は個別株だと思います...

なぜなら、企業というものは「生き物」だからです...

そこで働く多くの従業員、そして知恵を絞って経営に邁進している経営者、その他の多くの関係者(ステークホルダー)の方々...

そういう人々の織りなす人間ドラマがそこにはある...

上場企業であれば、そのドラマがニュースや開示されるIR情報を通じて、いろいろと流れてくる...

そういった情報を吟味・評価して、それで投資を行なう...

それが生きた金(投資資金)の使い方であり、企業と共に生きる共感性を持った投資家の姿である。

そして、”共感性”を持って投資行動を行なえば、おのずと投資センス(感覚)も磨かれてくる...

だから、個別株の世界に乗り出して、それですべったり転んだりして投資経験を積むことのほうが大事なんじゃないのかな...

経験しないとわからないことはたくさんありますよ...

基本的なことを経験したうえで、それで違う道にすすむのならわかります。

でも、最初から流されて安易な道へ進むことのほうが、数字ではないリスクをしょっているような気がするんだよなぁ...

って、私は思います...








P.S.
投資はあくまでも自己判断と自己責任でお願いします。
上記の記述は私の個人的見解であり、何も保証するものでもありません。








posted by スイス鉄道のように at 08:00| 東京 ☁| Comment(2) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月29日

シェイクスピア作『リチャード三世』を読んで...

ちくま書房から文庫で出ているシェイクスピアの作品『リチャード三世』を読みました。

シェイクスピア全集 (7) リチャード三世 (ちくま文庫) -
シェイクスピア全集 (7) リチャード三世 (ちくま文庫) -

この作品を読むのは初めてでしたが、面白かったです...

シェイクスピアというとお堅いイメージがありますが、そんなことはなく、私が昔読んだ『お気に召すまま』なんかとても面白かった記憶があります。

下ネタあり、権力者に対する風刺やときには批判あり、思わずうならせられる処世訓あり、ドタバタしたコント風のシーンありと、思わず引き込まれると、一気に最後まで読了間違いなしです。

また、ひとつひとつの文章は長くありません...

というのも、もとは劇を演じるための台本だからで、短いセリフの連続によって物語が進んでいきます...

そういう意味でも読みやすい...

ありきたりの読み物に飽きた人にもおススメです。

さて、この『リチャード三世』は稀代の悪党ヨーク公リチャード(のちの国王リチャード三世)が主人公です。

必ずしもすべてが史実ではないそうですが、古典の名作において悪党が主人公であるというのはまず珍しいと思います。

彼は、前国王の三男として生まれ、長男が王位を継いだものの野望を捨てず、次々と政敵(その中には次兄や甥もいる)を葬り去り、ついには国王の座につきます。

しかし最後には、彼にあいそをつかした元味方や、有力な別の王位継承者の挑戦を受け、ついには戦場で死んでいきます。

最後のセリフは、有名な、
馬だ! 馬をよこせ! 代わりに俺の王国をくれてやる、馬!

というもの。

修羅の道を歩んだ男の末路なわけですが、不思議といやらしさはあまりなく、むしろやるだけやった男が最後に年貢の納め時を迎え、それが清算されてスッキリ、という感じでしょうか...

その他にも、思わず膝を打つような心に響く名セリフがたくさん...

例をいくつか挙げると...

王侯貴族が称号を持つのもただ栄光のため、
内なる苦悩と引き換えの外側の栄誉にすぎない。
手応えのない幻影のために
山ほどの不安と心労を抱え込まねばならない。
とすれば、貴族の称号を持つ者と名も無い民との
違いと言えば、上辺の名声の有無だけだ。
(第一幕 第四場 ブラッケンベリー)


世の中の変わり目はいつもそうです。
神に授かった本能で、人の心は
危険が近づいてくるのを察知する。大嵐の前には
海の波が高くなるのが経験で分かるじゃないですか。
だが万事神様にお任せしましょう。
(第二幕 第三場 市民三)


失ったものを美化すれば、失わせた者はより醜く思える。
(第四幕 第四場 マーガレット)



あと、もうひとつ感想を言わせていただくと、この作品が書かれた頃のイギリスは宗教改革がヘンリー八世によって行なわれた直後であって、しかもイギリス国教会はヘンリー八世の政治的意図によって設立されたにすぎず、その教義は改革前のカトリックと変わらないため、作品のなかにカトリック的な思想をバックグラウンドに持つセリフだなと感じるものが多くあること。

すなわち、中世的な信仰が息づいているなと感じる場合が多くありました...

ピューリタン革命や産業革命,そして啓蒙主義的な哲学や政治学をへて近代的に変化したあとのイギリス思想とイギリス人に接している現代の私たちには「イギリス人がこんな風に思ったり、こんなふうに日々の生活にキリスト教の信仰を反映させて生きてるんだ」と思うような、そんな古めかしいというか純朴なイギリス人たちの姿が、本を読んだ後、まぶたを閉じるとありありと浮かんでくるような、そんな感じでした。

そのへんのところも、とても新鮮にも思いました。








posted by スイス鉄道のように at 08:00| 東京 ☀| Comment(0) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

にほんブログ村