2016年07月23日

シブヤのリベンジを試みて...

水曜の記事に書いた「シブヤのソバヤ」ですが、満足感が足りなかったので、同じ渋谷でリベンジを試みました。

行ったのは、「ひもの屋」さん...

午後6時までやっているランチタイムを利用して、”ワンコイン・ランチ(¥500円)”を試してみました...

来たのがコレ...

himonoya.jpg

まあ¥500円ならこんなもんか...

納豆、小さな冷ややっこ、魚、漬物、味噌汁...

量はそこそこあったけど、次回はもう少し高めの¥700円台のランチを頼んだほうがよいなぁ...

ちょっと貧弱やもんな...

内容がね...






posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☁| Comment(2) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月20日

シブヤのソバヤ...

昨日は夕方の5時頃に渋谷をぶらーり...

Bunkamuraの近くで蕎麦屋さんに入りました...

sagaya.jpg

「290円、わかめ無料」の看板につられて入りましたとさ...

小腹がすいていたので、”アジご飯(小)+温たぬきそばのセット(¥490円)”を注文しました。

注文後、1分で出てきました...
(そりゃそうやな。速さが命でしょうから。この手の店は...)

aji.jpg

たしかに「わかめ」は取り放題...

でも、そばはちょっと伸びちゃってる感が...

結局、アジご飯も、おそばも、いずれもまあまあ...

安かろう、悪かろう、ってところです...

24時間やってるというから、徹底的なコスト削減をしてるのかな...

こりゃあ、もうちょっといいところに入りゃあよかったかな...

ま、たまには失敗もあらあな。






posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月18日

『バランスシートで読みとく世界経済史』を読んで...(後編)

昨日の記事からの続きとなります...

人類文明の歩みを支えてきたのは、みずからの周囲のものに対する「数値化」という意志...

それが数字を生み出し、文字を生み出し、記録を生み出し・・・
最終的に、文明のすべてを生みだして行きました...

これが、この『バランスシートで読みとく世界経済史』の著者がいわんとしているところです...

昨日はその良い所、良き側面だけを見てきました...

しかし、良いことだけではありません...

数値の濫用がさまざまな弊害も生みだしてきました...

以下、引用です...

1840年代後半に鉄道会社の業績が悪化すると、多くの会社が10パーセントの配当の支払いに苦労するあまり、帳簿をごまかすようになった。たとえば、経費を費用ではなく資本的支出として計上し、利益をかさ上げしたり、投資家から集めた資金を配当に回したりした(これはポンジ・スキームとして知られる手口で、2009年にバーナード・マドフが使用したことで再び有名になった)。


皮肉な話だが、もしハドソンをはじめとする19世紀の鉄道王たちが、現代の会計基準に真面目に従っていたならば、イギリスの鉄道はここまで発展しなかったかもしれない。


投資家から投資資金を呼び込むためにウソの帳簿を作った...
そのカネで鉄道経営がなされていた...
(逆にいえば、これがあったからこそ鉄道というインフラができたともいえると言っています)

近年でいえばエンロンやライブドア、東芝にオリンパス...

粉飾決算は絶えません...

なぜこういうインチキが撲滅されないのでしょうか...

著者はこういう話を紹介しています...

以下、引用です。

経済学者のラージ・パテルは、どの文明にも取引者と市場は存在したが、現在の市場社会はそれらに加えて、利益追求に突き動かされた人間の新しい創造物としての企業を大量に生み出したと指摘する。そして、企業を人間に見立ててプロファイリングを試みたドキュメンタリー・フィルム『ザ・コーポレーション』(マーク・アクバー、ジェニファー・アボット、ジョエル・ベイカンが制作)を引き合いに出す。以下にその内容を紹介しよう―。アメリカ精神医学会の『精神障害の診断と統計の手引』をもとに診断したところ、企業が精神病患者と同じ特徴を示すことがわかったという。隙があれば法律を破り、その行動を隠ぺいし、長期的な利益よりも短期的な利益を優先し、訴訟では徹底的に戦い、健康や安全を無視し、取引先や従業員を平気で裏切る、といった具合だ。


”企業”が取っている行動というものは、精神病患者の行動とそっくりだという分析結果があるそうです...

言われてみればそうかもしれません...

自分を正当化するためのゴマカシ、ウソ、責任逃れ、などなど...

いや、それどころか、都合の悪い”事実”から目をそむけ、ときには現実逃避...

不祥事を起こした企業についての事後の報道などを見ていると、「一時狂ってたな」って思うことがしばしば...

そういうもんなんでしょうね、人間の本質って...
そして、そういう人間の集合体であるにすぎない会社という組織も...

だったら、粉飾決算がいつの時代も絶えないのは、むしろ逆に、そういうものなんだと言えると思います...

なんてったって、ある意味狂ってるわけだから、正しい業績発表をするほうがビックリというわけなんですな...


また、”企業”や利益至上主義がさまざまな公害を生みだしてきたのも事実です...

以下、引用です。

試算によれば、ビッグマック1つの本当の値段は200ドルになるという。その100分の1の値段で売られている理由は、ドライブスルーの二酸化炭素排出のコスト、水や土壌の汚染など環境への影響、糖尿病や心臓病といった健康への多大な影響が考慮されていないからだ。


”環境”の持つ価値は、企業の会計帳簿上はコストゼロの無料のサービスという扱いなんですな...
現在の社会の仕組みでは...

だからこういうことになってしまう...

また、この考え方のために誤った開発の判断がなされることもあります...

以下、引用です。

ミレニアム生態系評価が見積もったもののなかには、現在の市場価格を大きく上回るものもある。たとえば、カナダの手つかずの湿地帯は1ヘクタールあたり6000ドルと見積もられた。これが、集約農業のために開拓されると1ヘクタールあたり2000ドルに下落する。熱帯地方のマングローブ―魚が生息し、汚染物を濾過し、海岸を守る役割を果たす―は1ヘクタールあたり1000ドルの価値がある。ところが、エビの養殖場として開拓されると、市場価格は200ドルまで下がる。


自然を破壊するような開発って、やっぱり社会全体としては損してるんですな...

よく政府や大企業が大規模開発の際に、「このプロジェクトは経済的に見て有益なんだ」と説明していたのをうさんくさく感じていた我々の感覚はやっぱり正しかった...


最後に著者は終章でこう結んでいます...

ルカ・パチョーリが1494年に体系化した13世紀のヴェネツィア式複式簿記は、企業や国家などによるさまざまな事業活動を測定するためのグローバルな指標として定着したが、それはときとして人命を軽視するような決断を生み出す根拠となった。


企業や政府、金融機関の欠陥がグローバルな規模で明らかになったいま、私たちは会計の規則に恣意性があるということをはっきりと認識する必要がある。地球の限りある資源と、私たちの消費文明を共存させたければ、海、大気、森林、川、荒野に貨幣価値をつけ、地球の価値を市場が認識できる形で明示しなければならない。



我々一般の投資家もまた、自己の投資勘定や残高といった「数字」だけで老後の生き方等を考慮しつつ生きているわけですが、ちょっと考え直すべきかもしれません...

環境を考えた投資とか、投資で得た利益の一部を環境保護のために寄付するとか...






posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | 分析・考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

にほんブログ村