2018年07月23日

NHK大河ドラマ(『西郷どん』)を見始めました...

今年のNHK大河ドラマの『西郷どん』は視聴率が低いようです。

10%台の前半を低迷しているようで、”二大人気時代”である戦国と幕末のなかからテーマ設定しているわりには振るわないようですね。

一世を風靡した感のある『篤姫』(2008年)や『龍馬伝』(2010年)とは雲泥の違いです。

理由としては、使いふるされた登場人物や、結末の見えるストーリーなのでしょうか?

主人公の西郷隆盛は、龍馬のように”駆け抜ける青春のイメージ”もなければ、維新が成るまでは悲劇の主人公というわけでもありません。

また、古い体制(江戸幕藩体制)が覆るのも、新しい時代が来るのも、最初からわかっています。

視聴者にとって、種明かし済みの手品のようなものなのかなぁ...

で、実は、わたしも見ていませんでした...

しかし、7月19日の記事に書いたように西郷隆盛に関する書籍を読んだこともあってちょっと興味が湧いたので、おととい土曜日の再放送から見てみました。

すると、これがなかなかに面白い...

調べてみると、脚本が、人気ドラマ『ドクターX』などを手がけた中園ミホさんでした。

このドラマは私が大好きなドラマでしたし、同じ脚本家の作品ということで続けて見ていくことにしました。

登場人物も、小栗旬演じる坂本龍馬なんかはなかなかに味があります。

冷静に考えてみると、脚本家だけでなく、俳優陣もそれなりにすごいんだよなぁ...

最初(1月)がちょっと泥臭いイメージがしたから見るのをやめたんですけど、政局が複雑にからむあたりから見始めていれば楽しめていたのかもなぁ...

ちょっともったいないことをしたのかもしれません...

あともうひとつの見始めた理由としては、何といってもNHKの受信料を払っている身ですから、見ないとソンだなとも思いまして...

豪華キャストの出演料やセット,そして昔の時代の衣装には多額のお金がかかっているはずで、それらは受信料から出ているはずです。

そう考えると、食わず嫌いで見ないのは、一種の機会損失といえるかも。








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2018年07月19日

『大西郷という虚像』を読んで...

原田伊織著『大西郷という虚像』を読みました。

大西郷という虚像
大西郷という虚像

著者は幕末についての著作が多くある作家さんです。

NHKでちょうど大河ドラマをやっていることもあり、流行りのテーマでありジャンルでもありますね。

西郷という男は、通常、世間に流布しているイメージとは違い、非常にアクの強い、粗暴な男だと著者は主張していて、その傍証を挙げながら、真の人物像に迫っていってます。

以下、引用です。

郡方書役助とは、年貢徴収業務を監督するような役割であるが、この頃の西郷の評判はすこぶる悪い。
……(中略)……
数々の証言が残されているが、それらを列記してみると、
度量が偏狭(度量が狭い)
簡単には人に屈しない(頑迷)
一旦人を憎むとずっと憎み続ける
好き嫌いが激しい
執念深い
好戦的で策略好き
といったもので、要するに人間性に問題があるという見方をされていたようである。


そんな西郷は、藩主斉彬公のお庭番になったことがきっかけで、影の権力を手にし、のし上がっていきます。

御庭方という役職は、制度上の身分は非常に低い。しかし、通常の手続きを踏むことなく藩主斉彬から直々に指示を受け、直接報告することになる。


京都政局を舞台として次第にその名を知られるようになり、他藩の藩主たちも斉彬へのルートを得ようとすれば、先ず西郷と接触しようとするようになる。こうして西郷は、急速に人脈を拡げていったのである。つまり、御庭方として斉彬の「パシリ」を務めたこの時期、この経験がなければ、後の西郷隆盛は存在しなかったのだ。


特に学問的素養もなく、極論すればアクの強さだけで内々の機密を扱う役割を与えられた者が、その存在を広く認知されるとどういうことになるか。当然、思い上がりともいうべき心理が生まれる。もともと粗暴である点を以て全く人望がなかった西郷が、その例外であるはずがない。


その後、主君斉彬は亡くなり、西郷はいったん島流しになりますが、幕末の政局の混迷の中、彼が必要とされ、呼び戻されることになるわけです。

旧藩主である斉彬時代につちかった他藩との人脈が求められたのでした。

が、新藩主の父である島津久光と対立してしまいます。

島から復帰させたのはやはり薩摩・誠忠組と小松帯刀であった。薩英戦争において、アームストロング砲を有する英国艦隊相手に奮戦した薩摩の主力は、誠忠組であった。西郷の弟・西郷従道や従兄弟の大山弥助(巌)たちが必死の防衛戦を繰り広げ、藩内で発言力を増していったのである。


久光と西郷の人間関係に是非論をもち込むとすれば、非は西郷にある。
……(中略)……
西郷は、久光の計画を「浮浪輩の書生論」「畳の上の水練」などと称して、君側にいて何故止めないのかと散々に叱ったのだが、これは実は側近にいっているようで、その実久光に向かっていっているのである。それが解らぬ久光でない。


西郷の活動は、基本的に小松帯刀の指示に従いながら展開されており、第一次長州征伐で参謀を務めたことも西郷単独の力で成立したことではなかったはずである。小松にしてみれば、久光という西郷を忌み嫌う主を抱きながら藩を引っ張っていくには自らがその前線に立つわけにはいかないのだ。西郷をコントロールし、久光をなだめすかして藩をまとめていかなければならない。つまり、小松こそが幕末薩摩の実質的な大黒柱であったといえる。


我が国の歴史上最大の危機ともいうべき動乱の最中に、西郷は遅れて登場してきた。そして、その人望の無さ、策謀好き、独断専行といった本性の故に常に藩内で孤立し、島津久光と憎しみ合いながら、薩摩藩という重い荷物を引っ張っていくことになるのである。


西郷は、長州再征の勅許に反撥したようである。何故なら、長州を再征するということは、第一次征長を収拾した自らの策が否定されたことになるからだ。


独断性の強い西郷という男は、自分の為したことが否定されると激しく反撥する。これはもう本性の問題であって、如何ともし難いことであろう。ここから西郷は、急速に反幕府、討幕に傾いていく。「薩長盟約」という長州との連携を明確にした薩長合意を成立させたのも、この直後のことであった。


万事最後は力、即ち、武力とするのは、それこそ西郷の本性である。



長くなるのでこのへんで割愛しますが、人望篤い人徳者という虚像は、どうも見直す必要がありそうです...









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2018年07月17日

デシャン監督は名将にして出来た男...

サッカーワールドカップ・ロシア大会が終わりました...

フランスの優勝で幕を閉じましたね。

優勝後のいろんな情報が出るなかで、私が、一番、感銘を受けたのは、デシャン監督のインタビューでした。

コレ(↓)です...




なかでもとくに、「選手たちには”23人の絆”が出来たのだ」と語るムッシュー・デシャンの言葉が胸を打ちました。

その言葉には、チームワークこそ一番大切なもので、しかもそれは目に見えないものだという知恵が込められているように思いました。

「大切なものは目に見えない」と『星の王子さま』のなかで語ったサン=テグジュベリもデシャン監督と同じフランス人ですが、個人主義者でありながら仲間との友愛を大事にするその国民性をも感じました。

選手時代には守備的ミッドフィルダーという、あまり目立たないポジションだったデシャン監督だからこそ、チームワークの大切さや、派手なプレーに捉われない勝つための采配ができたんだろうな...

グリーズマンやエムバペ、ポグバ、ロリスといった選手たちの活躍が目立ちましたが、フランス代表に対する真の貢献者はデシャン監督だろうな...










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