2016年08月09日

錦市場

大阪へ帰省する途中、ちょこっと京都で途中下車し、錦市場へ寄りました。

風景...

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突き抜けた先の神社...

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魚のすり身をベースとした練り物の揚げ物です。
買い食い致しました...

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ひやしあめです。1杯、飲みました...

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外人さんが多かったなぁ...
アジア系も、欧米系も...

円高になってますけど、まだまだインバウンド需要、いけるんじゃないの?...








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2016年08月01日

『「豊かさ」の誕生』を読んで...(後編)

昨日からの続きの記事となります...

さて、この本で最もいわんとしていることは、人類史が大きく変わった点は2つだということと、人類史全体の経済成長率の推定です...

まずは、”人類史の分岐点”から...

その1つ目は1700年。以下に引用します。

一七〇〇年を境に、技術進歩のペースは劇的に加速した。それ以前になされた機械の発明をリストにすれば、風車に水車、それに印刷機と、数えるほどしかない。ところが、一七〇〇年以後には、発明はどんどんその数を増していき、それとともに人類も加速度的に豊かになっていったのである。


一七三〇年から一八五〇年にかけての一二〇年間に起きた爆発的な技術進歩は。まさしく社会の最上層から最下層にいたるまで人々の生活を激変させたのである。物体の移動のスピードは一〇倍になり、通信にはほとんど時間がかからなくなった。


いわゆる、”文明の利器”が爆発的に増えていった転換点が1700年頃だったということ。

2つ目の転換点が1820年。以下、引用です。

スコットランドのエコノミスト、アンガス・マディソンが集めたデータがある。彼は一八二〇年前後に世界経済史上の大断絶が存在するという事実を発見した人物で、彼によれば、一八二〇年以前の世界には経済成長は存在せず、それ以降にだけ持続的で強力な成長が見られるのだという。


一八二〇年頃までは、全人類平均の一人当たり経済成長率(人類の物質面での発展を測定する最良の尺度)はほとんどゼロだった。


最も楽観的な推計でさえも、西暦一年から一〇〇〇年までの間、世界全体の一人当たりGDPは倍増か、せいぜいが三倍増なのに、一八二〇年から後の一七二年間では、世界全体の一人当たりGDPは八倍に増えていることも付け足してよいだろう。同じ一七二年間に、イギリスのそれは一〇倍に、アメリカのそれは二〇倍に増加しているのである。


アメリカでは一八〇〇年から二〇〇〇年にかけて一人当たりGDPは三〇倍に増えたが、これは史上空前のビジネスの効率化と技術革新を反映している。


一九世紀後半ともなると、イギリスは世界全体にとっての投資資金の源泉となった。世界で最も優秀な実業家や発明家が融資を求めてロンドンに集まってきた。


最後の一文は、6月19,20日の記事で書いた『マネーの進化史』とも内容が重なり合います。

『マネーの進化史』では、ロスチャイルド家がロンドンの金融市場を1830年頃に完成させた、とありましたから...


以上を簡潔にまとめると、1700年頃から1820年頃までが準備期間。
この間に産業革命があり、フランス革命とナポレオン戦争があり、世の中が完全に中世や封建制から脱皮しました。

次に1820年頃以降、今までがブレイク期間。
蒸気船の実用化と電信用の海底ケーブルで世界が結ばれ、人と情報と商品が広範囲に行き交うようになります。

つまり、”世界市場”の成立とその発展です。

そして、この1820年以降の全世界の成長率は平均で2%ほどだろうと著者は推測しています。

なぜならそれ以前はゼロ成長だったからです。

以下、引用です。

マディソンは一九九〇年の低開発国で生存するには、最低で年四〇〇ドルほどが必要であると推計した。次に、使えるデータをすべて使って、生存ぎりぎりの生活水準にある人間の全人口に占める割合をなんとか特定する。人口の一〇〇パーセント近くが農業に従事して、未加工の農産物をまったく輸出しない社会では、一人当たりGDPは四〇〇ドルというレベルに近くなる。かくしてマディソンは西暦一年のヨーロッパにも、一九五〇年の中国にも、今日のブルキナ・ファソにも、同じ一人当たりGDP四〇〇ドルをあてはめたが、確かにこれは大いに恣意的な設定だ。だが、人類全体の経済成長を測定するための基準点を設けるには、それくらいの荒技は、どうしても必要なのだろう。


世界の一人当たりGDPの年率二パーセント増がキリスト生誕時に始まっていたとすれば、現代の人類一人当たりのGDPは八〇〇〇ドルではなく、六〇〇〇京ドルになっていたことになるのだ。


西暦1年の人類の一人当たりGDPを400ドルと概算すると、1820年頃まではゼロ成長でそのまま(400ドルのまま)...

そして、今の世界平均の一人当たりGDPの8,000ドルと一致する経済成長率を逆算で求めると、1820年頃から現在までが年2%成長になる、というわけです。

こうしてみると、全世界の資産にまんべんなくインデックス投資をするのは考えものじゃないでしょうか...

コストを引くとあんまり残りませんから...

そもそも人類が過去ずっと年平均1%成長したと仮定しても、とんでもない天文学的な数字が出てくるので、”成長”などという現象自体がここ最近のもの(最近200年間に限ったもの)なわけです。

そして地球上の陸地の面積も、そこで養える人口も、環境や資源も、どれも有限なものばかり...

そう考えると、世界全体がいずれ成長しなくなると考えても不思議ではありません...

それに加えて民主主義の広まりにより、成長は今後いっそう鈍化するだろうと著者は予測しています。

以下、引用です...

実は経済成長の持続に対する最大の脅威は、豊かさが国民精神に対して必然的にもたらす、危険や苦痛に対する許容限度の低下かもしれない。


一八七〇年に失業者や引退した労働者に対して政府は援助をすべきだと主張するのは社会主義者だったが、二〇〇〇年の時点では先進国のすべてがこうした社会福祉をそれぞれの国民に給付している。


やがては行政サービスの増大による経済成長の侵蝕が、経済がいくら成長しても、増大した富がすぐに行政サービス拡充の要求によって食い潰されてしまうという、新種のマルサス的均衡をもたらすようになるかもしれない。


いろいろと勉強になりました...







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2016年07月31日

『「豊かさ」の誕生』を読んで...(前編)

ウィリアム・バーンスタイン著『「豊かさ」の誕生』を読みました...

「豊かさ」の誕生(上) 成長と発展の文明史 (日経ビジネス人文庫) -
「豊かさ」の誕生(上) 成長と発展の文明史 (日経ビジネス人文庫) -

「豊かさ」の誕生(下) 成長と発展の文明史 (日経ビジネス人文庫) -
「豊かさ」の誕生(下) 成長と発展の文明史 (日経ビジネス人文庫) -

文庫本で上下巻、合計700ページ超の大作です。

著者は投資理論家であり、歴史研究家でもあります。
また、ウォールストリート・ジャーナル誌にも寄稿する人気ジャーナリストでもあるようです。

この本では、現在の豊かな社会の原因を歴史分析から導きだしています...

そういう意味では、このブログの5月26,27日の記事で取り上げたニーアル・ファーガソン氏の『文明 西洋が覇権を取れた六つの真因』と研究対象は同じでしょうか...

ファーガソン氏は欧米文明が世界を席巻した理由を6つ挙げ、T.競争原理,U.科学,V.所有権,W.医学,X.消費社会,Y.労働倫理としています。

一方、バーンスタイン氏のほうは、@財産権、A科学的合理主義、B資本市場、C輸送と通信の技術の大々的な進歩としています。

重なり合うところが多いですね...

特に、中南米諸国の経済低迷の原因についての分析はほぼ一致しているようです。

以下、引用です。

一九三〇年になっても、スペインの地主の四パーセントが、スペインの農地の三分の二を所有していた。


スペインの遅れた財産制度は、自由な財産市場が全国一律に機能して土地が効率的に分配されることを妨げた。財産制度のいびつさを思うと、スペインに無視されることが長期的な成功への鍵だと言っても過言ではなかった。コスタリカなどは植民地の辺境にあったおかげで大農園への土地の集中を免れ、経済的に成功した中米で唯一の国となったのである。


ラテンアメリカ諸国やスペインと同様、アルゼンチンの農地はごく少数の大地主の手に集中していたが、一九二九年に大恐慌が発生すると何百万という小作人が職を求めて都市に殺到した。この膨大な数の貧困者がファン・ペロン大統領の煽動政治に陶酔してしまい、ペロンは貧困層に媚びるような政策を次々に採用していってアルゼンチンの繁栄に終止符を打ったのである。
富と所得の格差があまりに大きくなると、平均的な市民の幸福感は損なわれ、人々は社会の一員であるという気持ちを失ってしまう。これこそがアルゼンチンで起きたことだった。


まもなくリオ・オリンピックがブラジルで開催されますが、ブラジルも貧富の差が大きく、”もたざる者”、つまり貧困層はなかなかその境遇から抜け出せないといいます。スラム街も時々報道に出てきますものね...

またサッカーが強い国が多いのも、サッカー選手になるぐらいしか貧困しか抜け出せないから、ともよく言われます。

で、その貧困の原因は何かというと、貧富の格差というよりは特定の者に富が集中することだというわけです。

そしてこの解決策としては、6月19,20日の記事で書いた『マネーの進化史』とも内容が重なり合います。

チリの成功例がこの本でも同じく取り挙げられていました...

・・・

さて、この本のメインのテーマは「豊かさ」です。

豊かになるにはどうすれば良いのか? ということが主題...

それを達成する要件はもちろん上に挙げた@〜Cなんですが、政治が関与できるのはせいぜい邪魔をしないことだと言います。

以下、「訳者あとがき」からの引用です...

通常、歴史とは政治の記録のことなのである。だが、本書『「豊かさ」の誕生』では、戦争や政治的な革命は、気持ち良いくらいすっぱりと背景に遠ざけられている。そうすることによって、この二〇〇年弱の世界史における本当の大事件―持続的な富の増大の常態化―が、くっきりと浮かび上がるという仕掛けだ。


我々日本人は景気が悪いのを政治家のせいにしがちですが、欧米のエコノミストや学者の主流は”自由主義”と小さな政府です。

要するに、”民間の活力”を活かすことが一番大事なことだということ。

それを著者は誠実かつデータでもって示してくれているのが本書なんです。

訳し終えて強く感じるのは、著者バーンスタインの知的誠実さだ。不公平が広がり過ぎることの危険性や、私有財産制を実現・維持するための政府の役割の重要さをきちんと、しかもデータに基づいて説いている。資本主義や自由放任(レッセ・フェール)をイデオロギー的な思い込みに基づいて礼賛するという、近ごろ日米のどちらでも経済論説でよく見られる手合いとは、明らかに一線を画している。



長くなったので続きは明日に...






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