2017年02月02日

映画『本能寺ホテル』の感想...

昨日は映画館のファーストデイ(大人¥1,100に割引)でした。

いきつけの映画館(TOHOシネマズ・日本橋)へ『本能寺ホテル』を見に行ってまいりました...

映画のホームページはコチラ...
↓↓↓
http://honnoji-hotel.com/

主人公は綾瀬はるかさん...

ストーリーとは直接関係ないですが、彼女の豊満な胸が最初から最後までとても魅力的です...

これだけでも「目の眼福」かも。

なお、これはどうしても目の中に入って来てしまうものであって、誰でも、どんなマジメな人でも避けられないものじゃないかと...

そう思います...

・・・

さて、この映画は、歴史物のように見えて実は違うという...

そんなユニークな一品となっております...

なんとなく生きてきた綾瀬はるか演じる主人公の倉本繭子は、なんとなく婚約し、婚約者の親に結婚のための挨拶をするために京都を訪れます...

人気の観光地である京都だけに、目ぼしいホテルにことごとく満員だと断られてやって来たのが築年数が古そうな「本能寺ホテル」でした。

そこのエレベーターの中で、戦国時代の本能寺にタイムスリップしてしまいます...

もっとも、タイムスリップはずっと続くものではなく、現代に戻って来れるというもの。

現代と過去とを行ったり来たり、行ったり来たり...

そうするうちに、繭子の気持ちには変化が生じていきます...

平凡かつ平穏な...
いわばまったりした普段の日常生活とはあまりにも違う戦国時代の活気と緊張感に包まれる繭子...

2つの世界のあいだのいちばん大きな違いは何か...
現代世界が失ってしまったものとは何か...

そんな問いを見る人に投げかけつつ、夏の京都を舞台として展開される戦国絵巻...

そこには命を張って毎日を真剣に生きる男たちの姿がありました...

その典型例かつ生きる真剣さがもっとも凝縮した人物が、堤真一演じる織田信長だと言えましょう...

特に彼女を動かしたのは信長の次の言葉でした...

「己のやりたいことに、大きいも小さいもない...」

「多くの者にとって、出来ないのではなく、やろうとせんから出来んのだ」

信長はじめ、一瞬一瞬を真剣に生きる男たちに繭子は徐々に影響され、人としての生き方についても啓発されてゆきます。

また、現代に戻った際には、婚約者の父親の生き様にも影響をうけます...

そして、自分が本当にやりたいことは何か、いかに生きるべきかについて、悩み、答えを模索します...

そうこうするうちに本能寺の変が起こり、信長の最後が近づくとともに、彼女の自分探しの旅もまた終わりに近づきます...

ラストが近づき、チェックアウトする際にホテルの支配人さんに繭子がいうセリフ...
「一生忘れません...」

繭子にとって一生忘れられない思い出とともにたどり着いたその答えは、これが彼女の”運命”だったのかも、と言えるようなものでした...

その答えとは???...

夏の京都の鴨川べりに佇みながら携帯電話で繭子が話す会話がラストシーン...

川沿いに涼しい風がさーっと通り抜けていくような感じがしました...

爽やかかつささやかな人生ドラマ、って感じの作品でした...








posted by スイス鉄道のように at 17:00| 東京 ☀| Comment(0) | 気づき・ヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月09日

錦市場

大阪へ帰省する途中、ちょこっと京都で途中下車し、錦市場へ寄りました。

風景...

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突き抜けた先の神社...

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魚のすり身をベースとした練り物の揚げ物です。
買い食い致しました...

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ひやしあめです。1杯、飲みました...

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外人さんが多かったなぁ...
アジア系も、欧米系も...

円高になってますけど、まだまだインバウンド需要、いけるんじゃないの?...








posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☔| Comment(0) | 気づき・ヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

『「豊かさ」の誕生』を読んで...(後編)

昨日からの続きの記事となります...

さて、この本で最もいわんとしていることは、人類史が大きく変わった点は2つだということと、人類史全体の経済成長率の推定です...

まずは、”人類史の分岐点”から...

その1つ目は1700年。以下に引用します。

一七〇〇年を境に、技術進歩のペースは劇的に加速した。それ以前になされた機械の発明をリストにすれば、風車に水車、それに印刷機と、数えるほどしかない。ところが、一七〇〇年以後には、発明はどんどんその数を増していき、それとともに人類も加速度的に豊かになっていったのである。


一七三〇年から一八五〇年にかけての一二〇年間に起きた爆発的な技術進歩は。まさしく社会の最上層から最下層にいたるまで人々の生活を激変させたのである。物体の移動のスピードは一〇倍になり、通信にはほとんど時間がかからなくなった。


いわゆる、”文明の利器”が爆発的に増えていった転換点が1700年頃だったということ。

2つ目の転換点が1820年。以下、引用です。

スコットランドのエコノミスト、アンガス・マディソンが集めたデータがある。彼は一八二〇年前後に世界経済史上の大断絶が存在するという事実を発見した人物で、彼によれば、一八二〇年以前の世界には経済成長は存在せず、それ以降にだけ持続的で強力な成長が見られるのだという。


一八二〇年頃までは、全人類平均の一人当たり経済成長率(人類の物質面での発展を測定する最良の尺度)はほとんどゼロだった。


最も楽観的な推計でさえも、西暦一年から一〇〇〇年までの間、世界全体の一人当たりGDPは倍増か、せいぜいが三倍増なのに、一八二〇年から後の一七二年間では、世界全体の一人当たりGDPは八倍に増えていることも付け足してよいだろう。同じ一七二年間に、イギリスのそれは一〇倍に、アメリカのそれは二〇倍に増加しているのである。


アメリカでは一八〇〇年から二〇〇〇年にかけて一人当たりGDPは三〇倍に増えたが、これは史上空前のビジネスの効率化と技術革新を反映している。


一九世紀後半ともなると、イギリスは世界全体にとっての投資資金の源泉となった。世界で最も優秀な実業家や発明家が融資を求めてロンドンに集まってきた。


最後の一文は、6月19,20日の記事で書いた『マネーの進化史』とも内容が重なり合います。

『マネーの進化史』では、ロスチャイルド家がロンドンの金融市場を1830年頃に完成させた、とありましたから...


以上を簡潔にまとめると、1700年頃から1820年頃までが準備期間。
この間に産業革命があり、フランス革命とナポレオン戦争があり、世の中が完全に中世や封建制から脱皮しました。

次に1820年頃以降、今までがブレイク期間。
蒸気船の実用化と電信用の海底ケーブルで世界が結ばれ、人と情報と商品が広範囲に行き交うようになります。

つまり、”世界市場”の成立とその発展です。

そして、この1820年以降の全世界の成長率は平均で2%ほどだろうと著者は推測しています。

なぜならそれ以前はゼロ成長だったからです。

以下、引用です。

マディソンは一九九〇年の低開発国で生存するには、最低で年四〇〇ドルほどが必要であると推計した。次に、使えるデータをすべて使って、生存ぎりぎりの生活水準にある人間の全人口に占める割合をなんとか特定する。人口の一〇〇パーセント近くが農業に従事して、未加工の農産物をまったく輸出しない社会では、一人当たりGDPは四〇〇ドルというレベルに近くなる。かくしてマディソンは西暦一年のヨーロッパにも、一九五〇年の中国にも、今日のブルキナ・ファソにも、同じ一人当たりGDP四〇〇ドルをあてはめたが、確かにこれは大いに恣意的な設定だ。だが、人類全体の経済成長を測定するための基準点を設けるには、それくらいの荒技は、どうしても必要なのだろう。


世界の一人当たりGDPの年率二パーセント増がキリスト生誕時に始まっていたとすれば、現代の人類一人当たりのGDPは八〇〇〇ドルではなく、六〇〇〇京ドルになっていたことになるのだ。


西暦1年の人類の一人当たりGDPを400ドルと概算すると、1820年頃まではゼロ成長でそのまま(400ドルのまま)...

そして、今の世界平均の一人当たりGDPの8,000ドルと一致する経済成長率を逆算で求めると、1820年頃から現在までが年2%成長になる、というわけです。

こうしてみると、全世界の資産にまんべんなくインデックス投資をするのは考えものじゃないでしょうか...

コストを引くとあんまり残りませんから...

そもそも人類が過去ずっと年平均1%成長したと仮定しても、とんでもない天文学的な数字が出てくるので、”成長”などという現象自体がここ最近のもの(最近200年間に限ったもの)なわけです。

そして地球上の陸地の面積も、そこで養える人口も、環境や資源も、どれも有限なものばかり...

そう考えると、世界全体がいずれ成長しなくなると考えても不思議ではありません...

それに加えて民主主義の広まりにより、成長は今後いっそう鈍化するだろうと著者は予測しています。

以下、引用です...

実は経済成長の持続に対する最大の脅威は、豊かさが国民精神に対して必然的にもたらす、危険や苦痛に対する許容限度の低下かもしれない。


一八七〇年に失業者や引退した労働者に対して政府は援助をすべきだと主張するのは社会主義者だったが、二〇〇〇年の時点では先進国のすべてがこうした社会福祉をそれぞれの国民に給付している。


やがては行政サービスの増大による経済成長の侵蝕が、経済がいくら成長しても、増大した富がすぐに行政サービス拡充の要求によって食い潰されてしまうという、新種のマルサス的均衡をもたらすようになるかもしれない。


いろいろと勉強になりました...







posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | 気づき・ヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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