2018年08月27日

『日本は誰と戦ったのか』を読んで(後編)

昨日の記事からの続きとなります...

今日は、旧ソ連の工作員の具体的な活動について記したいと思います(あくまでの本に書いてある内容です)。

本書では、アメリカの反共保守派による「日米戦争」に関する最新研究を、著名な作家であるM・スタントン・エヴァンズとハーバート・ロマースタイン著『Stalin’s Secret Agents: The Subversion of Roosevelt’s Government(スターリンの秘密工作員:ルーズヴェルト政権の破壊活動)』(Threshold Editions,2012,未邦訳)を軸に紹介することにしました。この『スターリンの秘密工作員』は、日米戦争を始めたのは日本であったとしても、その背後で、日米を戦争へと追い込んだのが実はソ連・コミンテルンの工作員・協力者たちであったことを暴いています。


「ヴェノナ文書」の公開とその研究によって、次のような「側近たち」がソ連の工作員であることがほぼ確定しているのです。
 カバーネーム 本名 主な役職
 Jurist・Ales アルジャー・ヒス 財務長官補佐官
 Lawyer   ハリー・デクスター・ホワイト 財務次官補
 Page    ラフリン・カリー 大統領上級行政職補佐官
ハリー・ホプキンスと、オーウェン・ラティモアも「ヴェノナ文書」では確認できていないだけで、アメリカの保守派からは、ソ連の「協力者」であると見なされています。


エヴァンズらは、スターリンが日米を開戦に追い込むために、複数の情報機関を使って日本、アメリカ、中国(蔣介石政権)の三方面で同時並行的に三つの大掛かりな工作を行ったと指摘しています。
 一、【対日工作】ゾルゲ機関による政治工作。赤軍情報部の工作員リヒャルト・ゾルゲが指揮する組織が、軍略上の日本の国策を「対ソ警戒の北進論」ではなく、「英米と対立する南進論」に誘導した。
 二、【対米工作】情報機関NKVD(内務人民委員部の略称。KGBの前身)による「雪」作戦。NKVDの幹部ヴィクター・パブロフの指示により、アメリカの財務次官補ハリー・デクスター・ホワイトが日米の和解を徹底的に妨害した。
 三、【対中・対米工作】ソ連の工作員ラフリン・カリーにより蔣介石の顧問として送り込まれたオーウェン・ラティモアが日米交渉を妨害した。


一九四一年の日米開戦までの間に、ソ連は、日本の軍略上の政策を、「対ソ警戒の北進論」ではなく、「英米との対立を引き起こす南進論」へと誘導するよう政治工作を仕掛けました。実際にその政治工作を担当した首謀者はリヒャルト・ゾルゲというドイツ人の共産党員であり、赤軍情報部の工作員でした。


対米工作を指令したのはソ連のNKVD(内務人民委員部の略称で、KGBの前身)のアメリカ部門トップのヴィタリー・パブロフです。そしてパブロフの指令を受けて積極工作を実行したのは、アメリカ財務省の次官補、ハリー・デクスタ―・ホワイトでした。アメリカが日本に突きつけて日米開戦の直接の引き金になったとされる「ハル・ノート」の原案をホワイトが書いたことは、今ではかなり知られているのですが、実際にはその原案は、ソ連の諜報機関NKVDがホワイトに指示して作成されたものだったのです。


まさに目から鱗(うろこ)です...

我々が学生時代に習った対日最後通牒「ハル・ノート」は、実は、旧ソ連の工作員が原案を作ったものだったんですね。

なぜそうなったのかというと、第二次世界大戦におけるアメリカ大統領ルーズヴェルトは、晩年、病状が悪化し、廃人寸前になっていたようで、側近(実は旧ソ連の工作員)によってロボットとして動かされてたんだとか。

以下、引用です...

ルーズヴェルトが死んだ一九四五年四月十二日までの数ヶ月間、ルーズヴェルト政権は事実上、大統領の役割を「誰か」に委ねる摂政制だったというのが実態なのです。


一九四五年二月のヤルタ会談では明らかに病人で、職務遂行能力を失っていました。英国外務次官アレクサンダー・カドガンは、ルーズヴェルト大統領について「会議を主宰するよう呼ばれても掌握も先導もできず、ずっと、黙っていた。口を開けば的外れなことを言った」と述べ、また、アメリカ国務省のジェームズ・バーンズは「大統領は会議の準備をほとんどしていなかった」と述べています。


ルーズヴェルト政権には、ホワイトハウスも含めて数百人のソ連工作員が浸透していたのです。


世界の命運を決したヤルタ会談に参加したアメリカ政府代表団のトップ、ルーズヴェルト大統領は病気で職務遂行能力がなく、国際連合創設のためスターリンの同意を得ることに関心が集中していました。最側近のハリ―・ホプキンスは工作員だった疑いがある親ソ派です。国務長官は何も知識がないお神輿でした。そのお神輿を担いで、実質的に取り仕切ったのは、アルジャー・ヒスであったのです。


ルーズヴェルト大統領の死後、ソ連に警戒心を抱くトルーマン民主党政権下で、政権内部に入り込んだ「ソ連の工作員たち」は次々とあぶり出され、アメリカ外交を壟断していたことが明らかになりました。戦後、東欧とアジアが共産化したことに危機感を抱いた連邦議会も公聴会を開催し、政権内部で暗躍していた「ソ連の工作員たち」の活動を徹底的に追及しました。その結果、「ヤルタ密約」は全否定されることになったのです。


いやぁ〜...悔しいですねぇ...

旧ソ連にまんまとやられてしまったわけですね、日米とも。

それにしても、大統領選挙によって人員が大幅に入れ替わるアメリカのホワイトハウスって、結構、危ないですね。







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2018年08月26日

『日本は誰と戦ったのか』を読んで(前編)

江崎道朗著『日本は誰と戦ったのか』を読みました。

日本は誰と戦ったのか
日本は誰と戦ったのか

第二次世界大戦における旧ソ連のスパイの暗躍に関することを書いた本です。

これを読むと、もう東京裁判史観は古いということを思い知らされます。

”スパイの暗躍”といっても、小説やドラマの中の話しではなく、アメリカでは学術的に、そして議会の公聴会でも取り上げられて、掘り下げられてるんです。

以下、引用です。

半世紀が過ぎ、多くの機密文書が公開されたことで、日本を開戦に追い込み、東欧とアジアの共産化に協力したルーズヴェルト民主党政権の問題点が、アメリカの保守系の歴史学者やジャーナリストたちの手によって次々と明らかにされてきています。二〇一七年に草思社から邦訳が出され、大きな話題となったハーバート・フーヴァー元大統領の回顧録『裏切られた自由(Freedom Betrayed)』(二〇一一年)もその一つです。


残念なことに、アメリカのそうした動向は日本ではほとんど紹介されません。ガラパゴス化と言って日本でしか通用しない技術や製品が揶揄されることがありますが、それは学問の世界でも同様です。特に日米戦争、近現代史に関して日本の歴史学会のガラパゴス化はかなり重症です。


太平洋問題調査会は戦前、ルーズヴェルト政権と連携して日本の中国「侵略」宣伝を繰り広げたシンクタンクとして有名ですが、その研究員の多くがソ連と中国共産党のスパイであったことがヴェノナ文書によって明らかになっています。


ルーズヴェルト大統領の死後、ソ連に警戒心を抱くトルーマン民主党政権下で、政権内部に入り込んだ「ソ連の工作員たち」は次々とあぶり出され、アメリカ外交を壟断していたことが明らかになりました。戦後、東欧とアジアが共産化したことに危機感を抱いた連邦議会も公聴会を開催し、政権内部で暗躍していた「ソ連の工作員たち」の活動を徹底的に追及しました。その結果、「ヤルタ密約」は全否定されることになったのです。


ゾルゲたちは、日本にソ連ではなくアメリカとイギリスを攻撃させようと工作していた。そして、見事に成功したと感じていた。これが、マッカラン委員会の質疑によって描き出されたゾルゲ事件です。これらの公聴会が行われた一九五一年八月と言えば、日本はまだ占領中です。このときすでに、アメリカの連邦議会において、「日本政府が南進、つまり対米開戦に踏み切った背後にゾルゲ機関の交錯があった」ことが指摘されていたのです。いわゆる東京裁判史観の見直しがアメリカの連邦議会において、日本占領中に始められていたわけです。


”ヴェノナ文書”というのはアメリカの国家機密文書で、そこには旧ソ連の工作員(スパイ)たちが第二次世界大戦中にアメリカに入り込んで活動していたりしていたことなどが書かれていて、冷戦後に公開されたようです。

冷戦中は、旧ソ連の暗号を解読していること、および、アメリカが旧ソ連のスパイの暗躍を許していたことを明かすことが国益にそぐわないと判断され、同文書は非公開にされていたんだそうです。

それが冷戦後に公開され、以後、アメリカでは多くの人がその内容を知っているという...

だから、アメリカでは「日本悪玉論」は後退しているんだそう。

日本悪玉論というのは、真珠湾攻撃は卑怯なだまし打ちだとか、軍国主義はナチスと同じくファシズムの一種だとか、第二次世界大戦における日本のいっさいを否定する論調のことです。

ただし、アメリカでは保守派とリベラル派があり、後者は依然として反日親中なんだそう。

日本の大学やメディアが左傾化しているとよく言われますが、アメリカの学界とメディアの左傾化は日本より激しいと言えます。ルーズヴェルト民主党政権の間に構築されたサヨク的なニューディール連合が官界や学界やメディアをがっちりと押さえ込んでしまった結果、戦後のアメリカの新聞には産経新聞にあたるものすらないのが実態です。『ワシントン・タイムズ』という保守系の新聞があることはありますが、影響力はそれほど大きくありません。テレビも同様の偏向ぶりで、たとえばCNNは保守派からは「コミュニスト・ニュース・ネットワーク(共産主義者のニュース・ネットワーク)」と揶揄されています。


バラック・オバマ民主党政権は、確かに安倍総理の靖国参拝に反対でした。ですが、それはオバマ政権を支えていたアメリカのサヨク・リベラル派が靖国参拝に反対だからです。


アメリカ太平洋軍のように現実に中国共産党政府の脅威と常に対峙している人びとの考えも、リベラル派とは全く違います。保守派やアメリカ太平洋軍はむしろ、日本の総理大臣が中国の批判に屈して参拝を取りやめることのほうを批判しているのです。しかもアメリカの保守派の中で日米戦争についてある程度学んでいる人は、日米開戦の責任が全面的に日本にあったとする東京裁判史観に対して否定的です。


いろいろと勉強になりますね...

明日は今日の記事の続きとして、第二次世界大戦における旧ソ連の工作員の活動について書きたいと思います。








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2018年08月21日

井上達夫著『普遍の再生』を読んで...

井上達夫氏の著作『普遍の再生』を読みました...

普遍の再生 (岩波人文書セレクション)
普遍の再生 (岩波人文書セレクション)

著者の立場は第一章で明らかになります。以下に引用します。

私は、民主主義の美質の賞揚より、その限界の自覚を重視する古臭いリベラリズムに惚れた人間の一人である。


民主主義といえばアメリカ合衆国において顕著な思想的立場であり、個人主義と思想・表現の自由に基づく、「何事にも絶対はない」,「正解となる見解はない」などと言った相対主義の考え方などに表わされます。

日本は第二次世界大戦に負け、アメリカの占領政策を受けて民主主義が導入されました。

また、冷戦でソ連とその影響を受けた東欧圏が解体し、その後、アメリカ流の民主主義が世界で勝ち組として扱われ、いまや民主主義が絶対正義みたいになっています...

しかし、そうじゃないんだと...

個人権というものを基礎とする古典的なリベラル・デモクラシーに立ち戻るべきなんだと、著者は主張するのです。

そのポイントは、国家権力の弊害よりも、個人と国家のあいだにある共同体が生み出す集団同化圧力の弊害に着目するところにあります。

中世的システムにおいて、さまざまな中間集団がその成員たる諸個人に対して保護膜として機能したことは事柄の一面にすぎない。かかる集団は同時にそれぞれ社会権力として、内部の諸個人に対する抑圧者でもあった。……(中略)……、国家こそ封建的・身分的桎梏から個人を解放する人権の擁護者であるという観念の主たる歴史的淵源は、言うまでもなくフランス革命である。


個人権は国家権力の専横に対してだけでなく共同体的凝集力が孕む社会的専制の危険に対しても個人を保護する。リベラルな個人権概念はしばしば誤解・曲解されるように私利追求を無制約化するものではなく、むしろ全体や集団の名において個人に要求しうる正当な犠牲の限界点を設定する。


共同体的責任相互の葛藤状況において、われわれが単一の次元の共同性領域に自己を与え過ぎてしまうならば、他の領域の共同体的責任をなおざりにしてしまう。このような単一次元に自閉した共同性はわれわれの社会的成熟を促進するどころか、むしろ阻害する。


個人権はアトム的に孤立した個人の反社会的放縦を確保するためではなく、むしろ個人がここに見たような一元的・閉鎖的共同性の陥穽から脱却し、多面的・開放的な共同性を発展させるために必要なのである。


共同体論・多文化主義・フェミニズムなど、リベラリズムを批判する諸潮流が、後者がコミットしてきた普遍主義を標的にしているだけでなく、批判を受けたリベラリズムの陣営の中でも、ジョン・ロールズの政治的リベラリズムへの転向に象徴されるように、哲学的普遍主義からの退却の傾向が顕著になってきている。


非公式の社会権力によるさまざまな差別や抑圧から個人の人権を実効的に保護する上で、中間的諸権力を統御しうる主権性を備えた国家が不可欠の役割を果たすという視点は、かかる社会的差別や社会的専制が依然跋扈する現代社会においても重要な意義をもつ。換言すれば、「主権国家の危険をいかに防止するか」という関心から人権の必要性を説くだけでは十分ではない。「なぜ主権国家形成という危険な企てをあえてする必要があるのか」が問題であり、この主権国家の倫理的存在理由を与える理念こそまさに人権なのである。


社会契約というモデル自体はさまざまな難点を孕んでいるとしても、主権国家という恐るべき巨獣(リヴァイアサン)が人権を自己の創造主とすることによってのみ存在を許されるというその基本前提は、依然重要性を失わない。


また、著者は、人権と国家主権の関係についても新たな気づきを与えてくれました。

国際関係における主権国家の対等かつ独立した地位は、人権享有主体たる諸個人の平等と自律性の概念的投影である。主権はいわば大写しされた人権である。


主権を法の支配や人権と対置するのは最も有害な誤解である。政治道徳の基礎理念としての主権は、国際社会に人権原理を含む法の支配を覇権的恣意に対して貫徹する規範的な企ての一部なのである。


我々は、憲法が国家権力をしばり人権を保護するものと教えられますが、それはちょっと違うとのこと。

人権と国家権力(国家主権)は、欧米の歴史上、並行して育ってきたものだということなのです。

言われてみればそうかも...

いろいろと勉強になりました。









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