2019年12月12日

福冨健一著『重光葵 連合軍に最も恐れられた男』を読んで

福冨健一著『重光葵 連合軍に最も恐れられた男』を読みました。

戦前〜戦後にかけて活躍した日本の外交官、重光葵を描いた熱〜い伝記でした。

重光葵 連合軍に最も恐れられた男
重光葵 連合軍に最も恐れられた男

重光葵は官僚であると同時に政治家でもあるのですが、読後感としては、こんな素晴らしい政治家が日本にもいたんだなということでした。

これは必ずしも著者だけの評価ではなく、重光が仕事上、そしてプライベートでも知り合った主としてイギリスの政治家や外交官たちが東京裁判で重光を弁護したことに証明されています。

重光は証言台に立たず、ファーネス弁護人が口述書を明らかにした。
口述書では、ロバート・クレーギー(駐日英大使)、ハンキー卿(国務大臣)、アーサー・グウィン(モーニング・ポスト主筆)、ウィ―ダー・バッゲ(駐日スウェーデン公使)、ジョー・デイヴィス(在ソ米大使)、ジョセフ・ケネディ(駐英米大使)などが重光を弁護した。三国同盟に反対したこと、日英の関係改善のためイギリスから使節団を送ろうとしたこと、開戦を阻止するため努力したことなどが延々と語られた。


重光と親しかったイギリスのモーリス・ヘンリー卿は、重光について、高潔さと善良さのオーラが漂っていた(the aura of integrity and goodness that surrounded the man)と語っている。


ファーネス、キーナン、ハンキー卿の誰もが、重光を裁判にかけるべきでなかった、ソ連が東京裁判に加わり重光が裁判にかけられた、と述べている。


ソ連が重光を憎んだのは、重光が優秀すぎたこと、満洲国とソ連との国境紛争(張鼓峰事件)の停戦交渉で重光にしてやられたこと、が理由のようです。

重光は、リトヴィノフとの交渉が終わるたびに内外の記者に交渉の経過を説明していた。会見によって記者たちは、ソ連が好戦的であると受け止め、日本に好意的であった。……(中略)……重光のこのような活躍は、逆にソ連やスターリンから見ればひどくプライドを傷つけられたことになる。そのため重光が戦後、いわゆるA級戦犯となるのはソ連の復讐であったといわれている。


そんな硬骨かつ辣腕の外交官・重光葵は、武士の家系の生まれで、幼少の頃から厳しくかつ道徳的に育てられたようです。

重光の父が沐浴と教育勅語の朗読を行わせたのは、子供の成長にとって、精神のみならず、生活のリズムを作るうえで貴重な財産になったといえよう。


彼の功績は多々あるのですが、何といっても「大東亜共同宣言」でしょう。

この活動は、天皇陛下と東條英機の支持を受け、さらには大東亜共栄圏諸国の支持も受けました。

とくに重要なのは、ニューヨーク・タイムズも大東亜共同宣言を評価して大西洋憲章を評価しないという、敵国内部にも実は支持者がいたのだということ。

陛下は、「大東亜新政策は、これを進めるべし。支那についての新政策は、批判する者あろうがこれに耳を貸すことなく、あくまで新政策を遂行すべし」と、繰り返し仰せになったという。陛下は大東亜新政策を支持していたのである。


大東亜会議は重光が提案し、東條が実行したといわれるように、重光の対支新政策をアジア諸国全体に拡大し、アジアに国際機構を作ろうという壮大な計画である。


重光は大東亜共同宣言を「敵の戦争目的の破壊」と述べているように、対支新政策やフィリピンやビルマの独立承認は、世界に大きなインパクトを与えた。連合国は、大西洋憲章の対象はヨーロッパとしていたが、日本の新政策を見て、ニューヨーク・タイムズさえヨーロッパ諸国のアジア・アフリカ諸国での植民地政策を批判するようになった。


ミャンマーでは今なお、イギリスが行った残虐な植民地政策への怒りと、それから解放した日本人への感謝がある。重光のめざした「敵の戦争目的の破壊」は、実を結んだのである。


重光の偉大さは、英米との戦争に反対していたにもかかわらず、いざ戦争になれば、どうすれば英米に勝てるかを天才的頭脳で考え、打開策を導き実践しているところにある。


大東亜会議の成功は、東條や重光にとって日本外交の勝利の瞬間であった。重光は、次のように語っている。
敵側の弱点の重大なるものは、アジアに対する差別概念である。チャーチルがなしたる大西洋憲章をインドに適用せずとのアジア差別概念を逆用し、我が大東亜政策の正義性を発揮せねばならぬ。


大東亜会議について歴史学者のアーノルド・トインビーは、
第二次大戦において、日本人は戦争によって利益を得た国々のために偉大な歴史を残した。その国々とは、日本の掲げた短命な理想である大東亜共栄圏に含まれていた国々である。
と述べている。


(息子の)篤氏は、「インドネシアの国会事務長か誰かが憲政記念館に見えられて、大東亜会議のコーナーに来たとき、『これだよこれ、これがあったから我々は勇気づけられ独立を果たせたんだ』と叫んだそうです」と大東亜会議について語る。


私たちが中学や高校の社会の教科書で習った内容とはずいぶん違うなぁと思いました。

東京裁判史観や自虐史観に毒されているんですね、私たちは...

多くの日本人にとっての呪縛を解き、過去に誇りを持つと同時に未来に希望を抱けるような、そんな立派な人物だと思いました。







posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☀| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月11日

アキバの人気ハンバーグ専門店さん

昨日のランチは、テレビでも取り上げられたことがあるという人気ハンバーグ店さんに行きました。


アキバ(秋葉原)にある『牛舎』さんです。


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広くいえば秋葉原ですが、交通機関的には末広町駅が至近です。


お店の前に出ていたランチメニューです。


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入店したのは12時台が終わろうかというタイミング。


しかし若者中心にたくさんの人がテーブルに座っており、わずか1席残っていたテーブルへと案内されました。待たずに済んでラッキー!


初訪問ということもあり、まずはお試しと思い、量的には最も少ない200gのハンバーグ(ライス付き)をオーダーです。¥900円なり、でした。また、エスプレッソ(¥100円)も合わせて注文しました。


「全部一緒に持ってきてください」と言っておいたのですが、5〜10分弱のあいだにばらばらとやって来ました(笑)。


全部そろった図、です...


gyu_3.jpg


ハンバーグ・ソースは5種類ほどから選べるんですが、私のチョイスはガーリック。


お味のほうは普通のハンバーグ。もちろん美味しいですが、とびきりというほどではないと思いました。


エスプレッソもあまりにも量が少なく、全体的にボリューム面でちょっとコスパが悪いかな、という感じでした。


お会計も、電子マネーもクレジットカードも使用不可で、現金のみ。


リピートしたい気にはならなかったな...


でも雰囲気は良かったです。若者が多く、活気があったので...







牛舎ハンバーグ / 末広町駅湯島駅上野広小路駅

昼総合点★★★☆☆ 3.3





posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月10日

やはりシャモ肉を使った親子丼は濃厚だった...

昨日のランチは、浅草橋駅近くの『軍鶏じ』さんという最近できたお店に行きました。

先月、開店した直後にちょうど前を通りかかって、そのときにチェックしておいたんです。ようやく行けました。

以下の写真はその開店直後の様子です。

sanshu_.jpg

11時半過ぎに行くと店内はすでにかなり賑わっておりました。

カウンター席へと案内されます。テーブルの上にメニューがありました。

syamoji_1.jpg

決めていた軍鶏親子丼(¥1,200円)をタレ,白卵にて注文。

少し時間がかかりました(10分弱)が、逆にていねいにいちから作ってる感じがして好感を持ちました。

syamoji_2.jpg

前菜代わりにサラダを食べ、その後、あつあつ,はふはふと召し上がらせていただきました。

椀の色合いもよく、卵もちょうどよい具合に半熟。心あたたまる丼に仕上がっていました。

お味のほうですが、軍鶏肉はジューシーで濃厚。

ただ、このお肉は量産できないだけに、量がそんなにないのが難点ですね。

黒毛和牛のハンバーグなんてのもあったので、次回はそちらを試してみようかな。







軍鶏じ鳥料理 / 浅草橋駅秋葉原駅岩本町駅

昼総合点★★★☆☆ 3.4






posted by スイス鉄道のように at 07:00| 東京 ☁| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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