2020年10月15日

これは秀逸な居酒屋ランチ!

昨日のランチは、浅草橋駅前の『炙処火ノ膳』さんに行きました。

居酒屋のチェーン店さんの浅草橋店でして、表通りからちょっと引っ込んだところにあります。

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入店したのは12時台の後半でした。まだかなりのお客さんが入っていて賑わっていました(8割以上の入り)。

お店のテーブル上にあったメニューです...

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居酒屋さんのランチは良いものが多いので期待に胸が膨らみます。

ちょっと迷った末に日替わりの”おすすめ炭火焼き漬け魚定食(¥850)”にします。

注文後、4分ほどでやって参りました。

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期待通りのお味、そして熱々でした。

焼き加減も炭火焼きということで絶妙!

「やっぱりひと味違うわ、炭火焼きはっ」という感じでした。

これは行きつけのお店のひとつになりそう。

おススメでございます。






炙処 火ノ膳 浅草橋店居酒屋 / 浅草橋駅馬喰町駅馬喰横山駅

昼総合点★★★☆☆ 3.4





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2020年10月13日

香鶏酒房さんの本店さんを訪問

昨日のランチは本郷にある『香鶏酒房』(本郷三丁目店)さんにしました。

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9月25日に食レポの記事を書いたお店の本店さんです。

夜は焼き鳥中心に飲み屋となるお店ですが、お昼はランチをやっておられます。

入店したのは12時過ぎとお昼の真っただ中でしたが、それなりに客は入っていたものの、そんなには混雑しておりませんでした。

やはり、東京の中心的なオフィス街からは離れているし、地下鉄やJRの駅からも少し離れているからでしょうか...

注文は前回行った際にまだ準備が整っていないと断られた”週替わり定食”にしました。

3つある中から”きのこの親子丼(¥850)”をチョイス。

4〜5分ほどして供されました...

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親子丼にきのこをプラスした感じ。

お味のほどはもちろん美味しいです。優しくまろやかな味に仕上がっているなと感じました。

お料理は両店とも良評価ですが、ここは前回行った神田店に比べてゆったりした雰囲気がいいですね。

あまり混んでいないし、くつろぎながらランチを楽しめました。

また来たいなと思いました。






香鶏酒房 鳥八 本郷三丁目店居酒屋 / 本郷三丁目駅水道橋駅御茶ノ水駅

昼総合点★★★☆☆ 3.4





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2020年10月10日

大澤真幸著『日本史のなぞ』を読んで...

大澤真幸著『日本史のなぞ』を読みました。

著者の大澤氏は以前このブログでも取り上げました(2018年5月13日記事)が、高学歴で独自の視点を有する慧眼の社会学者であり歴史学者です。

日本史のなぞ なぜこの国で一度だけ革命が成功したのか (朝日新書) - 大澤 真幸
日本史のなぞ なぜこの国で一度だけ革命が成功したのか (朝日新書) - 大澤 真幸

本作のテーマは、日本史で唯一の革命に成功した男、北条泰時の分析です。

志半ばで斃れた織田信長や足利義満に平将門、あるいは絶対王権を目指して失敗した後鳥羽や後醍醐に比べ、泰時は日本史上唯一ともいうべき「貞永式目(御成敗式目)」を制定して武力による成果を”法”として永久化することに成功しました。

この点こそ、著者が日本史上唯一の成功した革命家と称する所以です。

泰時が執権として成し遂げた最も重要なこと、彼を日本史上の唯一の革命家と見なす最大の根拠となる事実、それは、法を定めたことである。


このような法を定めたことは、日本社会の歴史の中で、まことに画期的なことであった。御成敗式目が、完全に固有法だからである。法制史には、固有法と継受法という区別がある。継受法とは、他国の法律を、自国の事情に照らして改変した上で継受した法律である。要するに、他国の法律を模倣して取り入れた法律のことだ。固有法は、その否定であり、自国で固有に定めた法律だ。……(中略)……ちなみに、明治以降の近代法も、継受法である。それに対して、御成敗式目は、日本史上初めての体系的な固有法である。


御成敗式目は、その後の影響の拡がりや浸透の程度から判断して、日本人の秩序感覚と非常によく合っていたということが分かる。御成敗式目は、一種の基本法のようなものになっていく。それは、室町時代にも、武家の法としての効力をもち続けた。


さらに公家すらも、式目を法として受け入れ始める。たとえば、清原家は公家ではあったが、式目研究の権威となり、優れた注釈書を著している。江戸時代には、式目は、教科書や教養書として普及したという。現在の「マンガ〇〇入門」に似た「絵入御成敗式目」のような通俗版が刊行されたり、寺子屋で教科書として用いられたりしたという。


こうしてみると、日本史上地味な存在ながらも泰時がいかに稀有な業績をあげたのかがわかります。

しかし、謎は残るわけです、いろいろと...

なぜ泰時は皇室と武力で対決して勝利を収めながらも朝敵とはならなかったのか?、なぜ後世の歴史家(とくに皇国史観の歴史家)から評価が高いのか?、なぜ鎌倉幕府の権力を掌握しながらも絶対者にはならなかったのか?、などなどです。

著者はこの謎を、西洋の革命との対比や天皇の持つ宗教的役割などを分析しつつ解き明かしていきます。

その結果辿り着いたのが、西洋における”不在の神”への信仰との類似でした。

結論を言えば、泰時が為したことは、本人が自覚することなく、歴史の偶然によって、ディドロの信仰と同じ形式の態度を天皇に対してとることを意味していたのだ。


ディドロの信仰は、不在の神への信仰である。これと同じように、泰時は、(内面的な意識においてではなく)行動を通じて、言わば、不在の天皇(上皇)への忠義を表現した。


この結論に至る分析と考察は深淵で(とはいえ難解ではない)、とてもこの場では詳しく書ききれませんが、著者の人間社会に対する博識さと哲学的思考にもとづき、答えに迫ってゆく筋道は非常に面白くもありまた興味深くもあります。

この前の著作にも思わず目を見開かられるところが多々ありましたが、今作もその読後感は素晴らしく、胸の中が充実するとともに昔からの歴史に対する疑問点のいくつかが氷解する思いが何度もしました。

私のリスペクトする学者のひとりです。ぜひ皆様も大澤真幸氏に触れることをお勧め致します。






posted by スイス鉄道のように at 06:00| 東京 ☀| Comment(0) | 雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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